クロエは私が、嫌いだったの……。
 分かってはいたけれど、殺したい程憎まれていたとは……。
 存在自体が嫌いだと言われたら、どうにも出来ない。


「おい! 早く離れろ、燃え移るぞ!」

 外から大声で話す男の声と、バタバタと去って行く足音が聞こえた。


 周りが静まり返る。


 誰もいないと分かった途端、ゾクリと背筋が冷たくなった。


 外からパチパチという音が聞こえる。

 これって……?

 火が放たれたの?
 本当に?

 クロエは私を燃やすの?


 ……私、こんな所で死ぬの?


 いや、嫌だ。
 死にたくない。

 どうにか体を動かして縄が外れないかとやってみたが、縄で肌が擦れるだけで全然駄目だった。



 おばあちゃん助けて….!
 お母さん、お父さん助けて!

 誰か……。

 クロエの言ったように、私には誰もいない。
 助けてくれる様な人はいない。

 私を気にかけてくれる人は……。

 ずっと私に贈り物をくれた、名前も知らないあの人……。


『メアリーはその人から愛されているんだねぇ』

 おばあちゃん。私、誰かに愛されていたの?

『そうかい? でも赤い薔薇なんて愛してる人にしか渡さないんじゃないかねぇ』

 たくさん贈り物も貰ったのに、私お礼も言えてない。


『君を愛してる』

 カードに書かれていたあの言葉は本当?

 私はクロエからは殺したい程憎まれている。友達だって少ない。
 家族もいない、こんな私を愛してくれてる人がいるの?


 さっきバケツをぶつけられたところが疼く。


「……は……うっ」

 殴られた頬は熱を持った様に痛んだ。
 水で濡れた髪には泥がついて汚くなっている。


『綺麗だ、この柔らかい金の髪……』

 昨夜、私を攫った王様が言ってくれたのに。

 足枷は嵌められていたけど、決して痛い物では無かった。
(……ううん、やっぱり足枷はダメ。どんなに綺麗な物だとしても、奴隷みたいだもの)


 はじめて会った時も、矢で射られそうになって。
(それもダメ、当たらなくて良かった)

 私にご飯を食べさせて何故か嬉しそうに笑っていて。
 変な事ばかりする王様だけど、それでも……私を見る目は優しくて。

 こんな事を考えるなんて、私……。

 木が燃える匂いと共に、煙が隙間から入ってくる。

「ゲホッ」

 匂いに咽せて咳込んだと同時に、死の恐怖が襲ってきた。

 ーー嫌だ、死にたくない!

 必死にもがいて縄を緩めようとするけど、やっぱり動かない。
 余計に締まった気さえする。


 その間にも煙はどんどん入ってくる。

 こんな小さな小屋なんてすぐ燃えちゃう!


 助けて、助けて!

 助けて

「た」

「助けてぇっ!」

 誰にも届かないと分かっていたけれど、それでも叫んでしまった。