そんなこんなで始まったミュージカル練習。
初日の今日は、まずセリフの読み合わせをしつつ、動きの動線確認からはじまる。

ミュージカルの練習ができるのは1日1時間だけ。
できなかったところは夜残って自主練をするしかない。

紫月くんの足を引っ張らないよう頑張らないと、、!
でも紫月くんはきっと、沙奈とやりたかっんだろうな

だって紫月くんは、沙奈のことが________

…っ、!
いけないいけない
初日からぼーっとしている場合じゃないんだからっ

『お許しくださいますか?』
考え事をしていた私の頭に、紫月くんの少しハスキーな耳心地良い声が響く

ほらっ、今度は私のセリフの番
『…何を?』
ちょっと棒読みだったかな?
短いセリフって、逆に感情を込めにくいんだよね、、

なんて私が心の中で反省会をしている間にも、紫月くんは次のセリフを読み上げている

『あなたの唇に触れることを。』

ん?今なんていった??

……………。

……っ?!?!

唇、、ふれ、る?
要するに、、き、す?のことだよね?

しょ、しょっぱなからハードル高すぎない?!
この台本っ!

何度目を擦ろうと変わらない文章

ぶわぁっと顔に熱が集まっていくのが自分でもわかる

どうか紫月くんにはバレませんようにっ、、!

てか、ど、どうしようどうすればいいんだ?

助けを求めて、目の前にいる紫月くんの顔を見上げる

「…っ、、!」
ぱっと一瞬目を見開いた紫月くん。

……紫月くんも、もしかして照れてる
、、?
なんか顔が赤い気が、、?

……いや、気のせいか、うん
きっと気のせい。
すごく偏見なのはわかってるけど、
紫月くんみたいなイケメンくんはきっとキスくらいしたことがある、、はず!

あたふたしていると、演技指導の先輩から、
「早く!照れるとかそういうのいらないから早くして!フリでいいからっ」
とどやされる

そ、そんなこと言われたって、、さ?
年齢=彼氏いない歴の女には辛いのさ、、

そんな私を他所に、紫月くんは、はぁ、、とため息をついて、私の頬にそっと手を添える

、、これは、、っ!
紫月くんの端正な顔が近づいてくる。

長い睫毛に縁取られている紫月くんの瞳。

思わず見惚れていたけど、あと15センチ、というところで耐えきれず、思わずギュッと目を瞑る。



…………ん?
恐る恐る目を開けると、目の前にはもう紫月くんの端正な顔はなく、紫月くんは何もなかったかのように元の位置に戻って微笑んでいた


「先輩、いくらキスのフリとは言っても、角度とか結構練習しないと実際にキスしてるようには見えないと思うんです、」

ん、、?確かにそうだけど、、
なんで急に、、、?

………もしかして、、私を庇おうとしてくれてるの? 

、、なわけないよね。
紫月くんに私を庇うメリットはないはずだし、、

「あの」
_____あの、大丈夫です、頑張ります。

そう言おうとした私の言葉を阻むかのように紫月くんが再び口を開く

「今日、2人で夜練する予定なので、このシーンはとりあえず飛ばしてもらえませんか?」
そうだったそうだった。
夜練する約束だったね

……………?!??!?!!?!

ってそんなばかなことあるかー!!

驚きすぎて、思わず自分でボケて自分で盛大なツッコミを入れてしまっている自分が、自分でも笑えてくる

「……夜練、?」
夜練の約束なんかしたっけ?

って言おうとしたとき、
紫月くんが私の方を向いて優しく笑うと、
私にだけわかるようにそっとウインクをする

他の人がやるとキザったらしくなってしまうような仕草さえ、紫月くんはモノにしてしまう

[黙って俺に任せて]

さっきのウインクはきっとそういう意味だ。

思いがけずどぎまぎしてしまっている心臓を落ち着かせるためにも、わたしは紫月くんの言う通り黙っていることにした