『新入生 起立』

数日たって、私は苺谷高校に入学した。
新入生代表挨拶を頼まれてしまったため今人生で1番緊張している。

『新入生代表挨拶 苺 優杏』
「はい。」

緊張混じりの声で返事をし、壇上に上がった。
ふぅっと息をつき、前を見る。

「雪が消えたあとの濡れた土には、いつの間にか一面に緑の草が生え、色とりどりの花が咲き、ふわりと吹く風に揺れています。森の木々も一斉に若葉を萌やしています。このような春の祝福を受け、私たちは苺谷高校に入学の時を迎えました。これから待ち続ける新たな日々への期待は寸分変わらずに私たちの心を踊らせています。それぞれの夢や目標を見つけ、それに向かって全力で取り組んでまいりますことを宣誓し新入生代表挨拶とさせて頂きます。」

その後も校長のお話を聞いたりと、だいたい一時間程度で終わった。

「優杏ー!お疲れ様!」
「嶺亜ぁ!緊張した…」
「めっちゃ堂々としてたよ!」

彼女は、神無月 嶺亜。
くりくりしたお目目が可愛らしく、茶髪の天然パーマでふわりとウェーブがかかっていて可愛らしい。少し小柄で、中学時代は男女問わず人気があった。
嶺亜とは保育園からの仲でいつもそばに居てくれる。

「なら良かった。…クラスどこだろう」
「学校から支給されるこのスマホに自動的に割り振られるはずなんだけど…」
「便利な時代になったね」
「そうだよね」

ピコンとスマホの音が鳴った。
どうやら、クラスの割り振りが決まったようだ。

「嶺亜何組だった?」
「んー、A組!優杏は?」
「私もA組!」
「また同じだね!」
「嬉しい。」

スマホの地図アプリを使って、教室に行った。
この高校は敷地が広く、1年生の時はよく迷子になることが多いらしい。
教室に入ると、すでに何人かの生徒が集まっていた。

「まだ、結構時間があるね。どうする?」
「うーん、ちょっとだけ校内回ってみようかな」
「じゃあ、私も行く!」
「彼氏も同じクラスなのに?話してきなよ。」
「うー…、でも…。」
「お互いが勉強頑張って、やっと同じ学校に入れたんだから話しておいで。」
「ありがとぉー」

嶺亜は、中学時代に彼氏がいて遠距離恋愛だったけれど、ようやく同じ学校に慣れた。

やっぱり、好きな人と同じ学校は嬉しいよね!

ぐるっと校内を回っていたのだが、いつの間にか外に出ていた。

あ、あれ?なんで外に出たんだろ…。
えっと、今は校舎から少し離れたところにいるみたいだから、こっちかな?

ぐるぐると回っていると、どんどん迷子になって行った。

やっぱり嶺亜に着いてきてもらえば良かったかなぁ。方向音痴、直ったと思ったのに…。

ベンチがあったので、休憩がてらに座った。
桜の木々が風に揺れ、ふわふわと花びらが落ちてきた。

突然ふわりと桜の匂いがした。

この桜の木の匂いじゃないよね?
どこの匂いだろう。

直感で匂いのする方へ行ってみた。
少し坂になっていて上がっていくと丘が見えてきた。

「この桜だ…」

丘の上には立派な大きな桜の木が立っていて、周りには何も無かった。

「んー!いい匂い。もうちょっと時間あるし、大丈夫だよね。」

桜の木の周りにある芝の上に寝っ転がった。
桜の匂いと芝の匂い、そして陽気に包まれ眠たくなった。

「んー…、寝たら絶対起きれないし…、」
「俺が起こしますよ。」
「ん、じゃあ…、お願い、します」

誰かは分からなかったけど、心地のいい声とどこか聞き馴染みのある声でだったからそのまま眠りについた。

「──杏、優杏。」
「んぁ…、嶺亜ぁ…?」

眠気が混じった声で応える。

「碧牙です。おはようございます。」

思っていた声とは違い、低音で輪郭がはっきりしていながらも少し色気が混じった声がした。
それにびっくりした私は思いっきり起き上がった。

「だ、だれ?」
「酷いなぁ、天気雨の話をしてくれたのに」
「天気…雨、あのイケメンくん!?」
「ふはっ、イケメンくんって。優杏は面白しね。」
「なんで、私の名前…」

突然の事で、頭がパニックになってしまった私だが、イケメンくんだけが笑っていた。

「新入生代表挨拶の時に名前を聞いたから。」
「あ、そっか。…じゃなくて、なんでここに?」
「俺の叔父がここの元校長で、この桜の木のこと教えて貰ってたんだ。」
「元校長先生…」
「優杏は、どうしてここに?」
「あ、桜の匂いがしたから…、」
「ここの桜の香りって風が吹いたら結構広がるんだよな。」
「ところで、あなたの名前は…?」
「あ、そうだよな。俺は一ノ瀬 碧牙。」
「一ノ瀬くん」
「下の名前で呼んで。俺も優杏って呼ぶから。」
「え、あ、うん。」
「じゃあ、そろそろ教室行こうか。そろそろ授業始まる。」
「あ、もうそんな時間?」

坂を降りていると、急に雨が降り始めた。

「うそ、雨だ」
「優杏、急げ!」

碧牙は、私の腕を引っ張って走っていった。

「急に雨とか最悪。」
「碧牙は、雨好きでも嫌いでもないんだったっけ?」
「ん?うーん、まぁ。でも、天気雨の話聞いたら、なんか興味は湧いてきた。」
「そっか。じゃあこの雨の名前分かる?」
「今降ってる雨?」
「そう。この雨。」
「わかんないな。この雨に名前があるの?」
「そうだよ。雨には全て名前があるの。一説には雨の呼び名だけで400以上あるとも言われてる。この雨の名前は、花時雨って言うの。」
「花時雨?」
「そう、桜の時期に降る雨のことだよ。」
「時雨ってことは、降ったり止んだりするってこと?」
「うん。時雨って秋の末から冬の初め頃に降ったりやんだりするんだけど、それが桜の時期にあるから花時雨って言うんだって。」
「そうなんだ。やっぱり詳しいな。」
「雨の名前は、神様がつけたって言う説があってね。神様は何か思いを私たちに伝えるためにつけてるんだ。だから、それを感じてみたい。」
「その考え、素敵だな。」
「えへへ。…あ、授業!」

急いで教室に向かった。
碧牙がいなかったら、絶対迷ってて入学初日遅刻することだった。

「優杏!良かった。戻ってきて。」
「ごめんー、ちょっと迷っちゃって。」
「やっぱり一緒に行けばよかったね。」
「ううん!大丈夫だよ、こうして戻ってこれてるし。それよりどうだった?」
「あ、うん!いっぱい話せたよ。ほんとにありがとう。」
「良かった。」
「その人は?」
「あ、えっと…」
「ほらー、席つけー。」
「後で説明するね。」

A組の担任の先生が入ってきた。
意外とイケメンっぽくて、女子から人気が集まりそうだ。

「えー、A組の担任の若葉です。基本、適当人間なんで、よろしくお願いします。」

放任主義的な感じなのかな。
まぁその方が楽ではあるよね。

「部活動とクラス役員決めとけ。部活動は基本参加だけど、俺は別にしなくてもいいと思ってるから、お好きにどうぞ。」

その言葉で、クラスがざわつき始めた。

そんなめんどくさいことやる人いるのかな。
私は静かな委員がいいな。
無難な図書委員とかにしようかな。

「学校から支給されたスマホを出して、クラス委員の所を開いてくれ。そこから、好きな委員会を選んでくれ。言っとくが、早い者勝ちだからな。」

そう言って、先生は椅子に座って寝始めた。

「優杏はどうする…って、もう選んだの?」
「あ、ごめん。早い者勝ちだって言ってたから、クラス代表とか絶対嫌だし。」
「もう、一緒にしようと思ったのに。」
「ごめんね。でも、基本男女で組まされてるから、彼氏くんと決めたらどう?」
「ほんと?そうしよっかな。」
「席も近いんだから、話なね。」
「うん!ありがとう!」

嶺亜は、彼氏の席に行った。

みんな迷ってるなぁ。
友達と同じになりたいよね。
まぁ、男女で組まされてるから難しそうだけど。

“ピコン”

スマホの音が鳴った。

“苺 優杏、図書委員決定しました。同じ委員のメンバーは、一ノ瀬 碧牙です。”

碧牙も図書委員選んだんだ。
良かった、少しでも話せる人と同じになって。

「同じ図書委員よろしくな。」
「うん、よろしく。」

驚いたことに席が隣だった。
このクラス、というか学校自体が、出番順に席を組んでいないらしい。

「優杏ー、同じ委員会なれた!文化委員だよ。」
「良かったね。文化委員大変そうだけど頑張って。手伝うから。」
「ありがとー!…で、そのお隣の男子は?いつ知り合ったの?どこで知り合ったの?」
「ちょ、待って。」
「だって、優杏が人と仲良く喋ってるのみるの久し振りで嬉しいんだもん。落ち着けないよ!」

嶺亜は、あまり人と関わろうとしない私のことをずっと心配してくれていた。

「彼は一ノ瀬 碧牙。」
「はじめまして、碧牙です。」
「はじめまして!神無月 嶺亜です。それで、いつ知り合ったの?」
「えっと、今年の春頃?入学式の1週間前とかだったかな?」
「どこで知り合ったの?」
「桜の木の下です。」
「桜の木?」
「ほら、いつも私が一人でいたとこ。」
「あ、あの桜の木のとこ!」
「そうそう!」
「碧牙ー!ちょっといい?」
「ごめん、俺ちょっと呼ばれたから行くね。」

そう言って、碧牙は友達のところに行った。

「信じていい人?」

嶺亜が聞いてきた。
中学時代に少し揉め事があったから心配してくれている。

「信じていい人だと思う。こんなに話せるとは思わなかったから。」
「優杏が大丈夫なら、いいけど。何かあったら絶対言ってね。」
「ありがとう。」
「全員、決まったか?…おー、決まってるな。
なら、今日は帰っていいよ。今後のことは、そのスマホに配信するからちゃんと見ておくように。以上」

入学式だから、早めに学校が終わった。
外を見れば、雨も上がっている。
雲から覗いている太陽が濡れた木々を照らしていた。