「謙人さん、今日は本当にありがとうございました。
本当なら、お礼に自宅へ来てもらってコーヒーでも飲んでいただきたいところなんですけど、私の部屋はまだ生活さえできないような状態なんです。
なので、改めてお礼をさせてください。
本当に、本当に、今日はありがとうございました」
萌絵は何度も頭を下げた。
謙人は萌絵にとって救世主だった。大人の男性という事もあって気が楽で不思議と素直に甘えられた。
一時間ちょっと一緒に過ごしただけなのに、萌絵の心は落ち着きを取り戻している。
「萌絵ちゃんのマンションはここから歩いて何分くらいのところなの?」
謙人はまだ心配をしている。萌絵はそういう過保護な謙人を、不謹慎にも可愛いと思ってしまう。
「10分くらいです。そんなに遠くないので大丈夫ですよ」
正確には18分。思っている以上に距離がある。バスも通っているみたいだけど、それを乗りこなすのはまだ先の話。
だけど、これ以上謙人に心配をかけたくなかった。これ以上、お世話になる事はできない。
「10分って遠いな~」
「全然、遠くないですよ。あっという間です」
萌絵は心配そうにしている謙人に何度もお礼を言いながら、駅の向こう側へと歩き出した。
多分この道だったと、当てにならない記憶を辿りながら…



