謙人は、鎌倉の自宅から東京へ向かって車を走らせている。
 萌絵とキスをしたあの日から、萌絵の事を考えなかった時はない。
 人を愛するという感情に、自分の気持ちが追い付かない日々を悶々と送っていた。
 今までの人生で感情に飲み込まれるという経験をした事がなかった。
 常に冷静な自分がいて、どういう状況でも自分に有利な局面を演出するため、周りの人間を操る術を無意識に身につけた。
 感情というものは自分の中に存在しないと思っていた。
 泣く、笑う、怒る、そんなものは表面だけのものだと真剣に考えた事もなかった。
 そんな自分が大きな感情の波に飲まれて、自分が歩む道すら分からなくなっている。

 あの夜のキスは、謙人の中に大きく根付いてしまった。
 今まで大勢の人間と交わしたキスとは比べものにならないくらい、蕩けるような甘い麻薬のようなキスだった。