イケメンエリート、最後の独身



 萌絵は黙っている。だからこそ救いの手が必要なんだと沈黙で訴えているみたいに。
 が、しかし、謙人の息はすでに上がっている。
 酔っぱらいにとって四階までの階段を上る事は、全力疾走で100m走る事くらいにきつかった。その上、お喋りをしながらだから、なおさらだ。

「着きましたよ」

 薄暗い非常階段の踊り場に4と書かれた古びたドアがある。そのドアを萌絵はゆっくりと開けた。
 でも、そこも薄暗い。とにかく、ことだまマンションはどこもかしこも薄暗かった。
 謙人は、どうしてもこのマンションが気に入らない。
 萌絵は廊下を真っすぐに歩き、そして、一番奥のドアを指さした。

「ここが私の部屋です。
 古臭いのでびっくりしないでくださいね」

 謙人はちょっと緊張していた。
 このおどろおどろしい外観とは雰囲気が違う部屋でありますようにと祈りながら。

「どうぞ」

 萌絵は楽しそうだ。そんな萌絵の笑顔に少しだけ癒される。