イケメンエリート、最後の独身



「え、そうなの?
…あ、うん、大丈夫だよ」

 謙人は、それでも笑って見せる。これ以上、情けない姿を萌絵に見せたくない。それに、今は違った意味で頭は冴えていた。恐怖と寒さで目もぱっちり開いている。
 それにしてもこのことだまマンションは、一体、築何年の建物なのだろう。
非常階段の幅は狭すぎるし、天井は低すぎる。階段の手すりなんて、茶色い錆だらけだ。
 謙人は豆電球のほのかな灯りの中、萌絵の横顔を覗いて見る。
 萌絵はたくましい。きっと、こういう状況には誰よりも慣れていて、そういう意味では、謙人の方が弱々しい人間なのかもしれない。

「萌絵ちゃんは、幽霊とか怖くないの?」

 まだ幽霊か? 
 その話題を引っ張る自分が情けない。

「幽霊は何もしないじゃないですか?
 本当に怖いのは人間です。貧しくて空腹過ぎて思考が破壊された人は、どんなにいい人でも一瞬で怖い人になります」

「萌絵ちゃんは色々な体験を積んできたんだね…」