ピアス君は、ビクッとして腕を放すと後ずさりしながら消えていった。

 「奈由!電話出ないで何してる。近くにいるってメールにあるから、探したらまた男に絡まれてる。お前、俺のこと白髪にしたいのか。」

 「……。普段はこんなことないもん。この格好のせいで、きっと騙されて寄ってきただけだよ」

 本当だよ。
 声なんてかけられるの最近ほとんどない。
 普段は取材の格好だから、別人級です。

 はーっとため息をついた達也君はわたしの手を握り、会社に向かって歩き出した。

 「ねえ、今日は何のために私を呼んだの?」

 「結納までに片付けたい話が来ていて、お前に会わないと、諦めてくれなさそうだから」

 「……私は虫除けですか?昔、晴人のときもそうだったよ」

 ピタッと止まる達也君。

 「奈由。お前本当に、俺を怒らせる天才だな。ここじゃなかったら、ぐちゃぐちゃにしてやるところだぞ」

 「よく言うよ。私のこと、虫除けにしようとしたくせに」

 「お前な、お前は俺の婚約者だろ?虫除けとはなんだ。そんなこと誰も言ってないだろうが」

 会社のロビーで言い合いする私達を、驚いた顔をして受付嬢が見てる。

 エレベーターからでてきた男性が、こちらに向かってくる。

 「本部長。お静かに。ロビーに響いてますよ。どうしたんですか?らしくないですよ。初めまして。奥様になられる平野様ですね?私、本部長の秘書のような、庶務のようなことをしております、樋口です。これからよろしくお願いします」