「ああ、アルベルティーヌ。なにを言っているんだ。お前、この田舎暮らしでちょっと頭がおかしくなってしまったのか!?」
「若干おかしくなったのは認めますわ。最近のわたくしったら、野生のウサギをみたら反射で(よだれ)がでるんですのよ」
「なっ……」

 ハルベリー伯爵は娘の思わぬ告白に絶句した。アルベルティーヌは微笑む。それは、アルベルティーヌが王宮で浮かべる虚ろで華やかな冷笑ではなく、年相応の無邪気な微笑みだった。

「でもね、お父さま。……王都には確かに何もかもありましたわ。でも、自由だけなかった。ここは何もかもありませんけれど、自由だけはありますわ」
「そうか……。王子の一件のせいで、お前には長らく不便な思いをさせてしまった。だからこそ、お前が王都に戻ったあかつきには、お前が望むすべてを叶えてやりたいと儂は思っていたが……」
「わたくしが望むことは、ここに残ることですの」

 アルベルティーヌの眼はまっすぐで、その瞳の中には確固たる意志がきらめいている。
 ハルベリー伯爵は苦虫を噛み潰したような顔をして、大きなため息をついた。眼には心配の色が浮かんでいる。それは間違いなく、大事な我が娘の幸せを一心に願う父親の顔だった。