今日は雲ひとつない夜空で、ただ月だけが、煌々と輝いていた。
まるでそこだけ時間が止まっているかのように、燦々と光が降り注ぐ。
「綺麗ですね」
その言葉に、紺は目を見開き隣の初の様子をうかがう。
初はというと、ジッと月を見上げていた。どうやら今の言葉は特段意識して言った言葉ではないらしい。
(ロマンチストの初がその意味を知らないわけもないだろうけど。ま、今はいじらずにおきますか)
紺はそのまま初をじっと見つめる。彼女の瞳に月の光が映り、キラキラと輝いている。
「本当に綺麗だ」
それこそ無意識にこぼれた感情。
柄にもなくロマンチックなセリフが漏れでて、紺は顔をそらし口もとを覆う。
(「初が」にしろ、「月が」にしろ、どっちも意味深と言うか……)
初にも聞こえたよな?と隣の様子が気にかかっていたら、肩に何かがコツンと当たる。
そちらを見下ろすと、すぅすぅと寝息を立てる初の姿があった。
「ちょっと。寝たの? 初」
紺の問いかけに返事は返ってこない。
(聞いてないんかい)
紺は困ったように、はは、と笑みを漏らした。
愛しい愛しい、婚約者。
恋のわからなかった自分に、真正面からぶつかってきてくれた人。
愛情表現が苦手な自分にもめげず、ストレートに気持ちを伝えてくれる人。
紺はそんな彼女を見つめ、頬を染める。
「初、月が綺麗ですね」
その言葉に、初は変わらず規則的な寝息を繰り返す。
紺は、明るく輝く月を見上げた。
そこにある月はまるでふたりを見守るかのように優しく光り輝き、その明かりはふたりをあたたかく包み込んでいた。
fin

