ムーンライト



準備を終えて洗面所から出ると、初が台所に立っていた。彼女は紺の姿を見て、朗らかに微笑んだ。

「ありがとうございました、紺くん。私も今、宿題が終わったので、紅茶でも飲もうかなと思って。紺くんもいかがですか?」
「じゃあ、もらおうかな」

紺はそう言って初の隣に立つ。
ゆっくり丁寧に注がれるお湯の規則的な音と、それに伴ってあがる湯気。そこにはあたたかな空気が流れていた。

「いい香りだね」
「ですよね。私、これ好きなんです」

ポットにお湯をそそぎ、蓋をする。カップを準備しようと初が振り返ったそのとき。

あたりが、暗闇に包まれた。

「えっ!? 嘘! 停電!?」

初は慌てふためき、声を上げる。紺もはじめは驚いたが、なんだ停電かと、落ち着きを保つ。

「私、暗いの苦手で……。紺くん? どこですか?」
「ここだよ、初。すぐ隣」

紺の返答に、ホッと安堵のため息が聞こえてくる。しばらく待ってみたが、灯りはつかない。

「暗いね。俺、なんか灯りとってくるよ」

テーブルに置きっぱなしにしていたスマホを取りに戻ろうとすると、シャツの端を勢いよくつかまれる。
暗闇の中、その手が小さく震えていることに気がついた。

「だ、ダメです、紺くん。離れていかないで……!」

その涙交じりの声は、かなり真剣な様子だった。紺は初の手を取り、反対の手で肩を引き寄せた。