初は、良くも悪くも真面目だ。
問題にぶつかってもあきらめず、やり遂げようとする。
紺も出会った当初は、もっと要領良く気楽にやれば良いのにと、思うこともあった。だが彼女の生真面目さと、真摯さに、徐々に惹かれていって。
(まさか俺が、本気で誰かに恋するなんてね)
肘をつきながら愛しい彼女を見つめる自分の顔は、とても他の人に見せられない。
とくに普段、生活を共にする仲間に見られたら、最悪だ。
もちろん、運命の相手なんてものを掲げる七海学園に来ているのだから、自分の周りにいる男たちは、そんなこと恥ずかしがる様子もなく過ごしているのだが。
(梶とか七海みたいに気持ちをストレートに表現するってのは、俺には向いてないからね)
紺は背伸びをし、壁にかけられた時計を見た。
その針はすでに午後十時をまわっていることを示している。
紺は立ち上がり、洗面所へ向かおうとした。
「紺くん、トイレですか?」
「いや。もう遅いし、風呂入れようかと思って。洗ってくるわ」
「あれ? 今日、私がお風呂洗いの当番ですよね。すみません、すぐやりますから」
「いいよ、初はまだ宿題あるんでしょ」
立ちあがろうとする初を、紺は優しく声でとどめる。対する初は戸惑った様子で紺をうかがう。
「でも……」
「今日は特別に俺がやるよ。その代わり、明日は初の番ね」
「……ありがとうございます」
小さく会釈すると、初は、ふふ、と小さく笑い声をこぼす。
その様子に紺は、怪訝な様子で眉をひそめる。
「なに? なんかおかしかった?」
「あ、すみません! なんか、紺くんって、頭も良くて、家事もしてくれて、……やっぱり最高の婚約者だなって、幸せな気分になっちゃいました」
「……そう。じゃ、俺やってくるね」
「あ、はい! お願いします」
紺は踵を返し、洗面所へと向かって扉を閉めた。
「〜〜〜あぁー、もう……」
扉に体重を預けると、ずるずるとその場にしゃがみ込み、深く深く息を吐く。
隠した顔の下が、熱を帯びていることに、本人も気がついていた。
(あんなこと言われたら、抱きしめたくなるに決まってるでしょ……)
初が天然に繰り出す甘い攻撃に、頭の良い紺も振り回されっぱなし。
とはいえここ七海学園の寮には、警報システムが備わっていて、それに引っ掛かったらペナルティが科される。
衝動的に行動しようものなら、今までの苦労が水の泡というわけだ。
(これも、金の夫婦の卵になるために乗り越えなきゃならない試練、ってことなのかねぇ)
まさか、味方からの攻撃が一番キツいなんて、紺とて思ってもみなかった。
まぁ当然のことながら、攻撃を加えている本人はそんなこと知る由もないだが。
紺は浴槽を洗いつつ、「平常心、平常心」とつぶやいた。

