最愛の婚約者が記憶喪失になった話

「部屋に鮫上くんから貰ったものとか思い出のものがたくさん飾ってありました。それもすごく丁寧に、大事そうに」


「……へぇ」


まずい。

声、震える。


「私、両親が事故に遭ってから抜け殻になってたんですけど」


…知ってる。

そのどこか切ない笑顔も、何度も見てきた。


「これからの人生ずっと空っぽのまま、ひとりぼっちで生きていくんだろうなって思ってました。でも持ち物や部屋の至るところから今の生活が楽しいのが伝わってきて……きっと鮫上くんが救ってくれたんですね」


「……」


無性に、抱きしめたくなった。

何かに導かれるように初の背中に手を伸ばす。

……けど、やめた。




「初」


俺が呼ぶと、初が振り返って笑う。


「はい!」


初は、生きてる。

生きてるんだ。

ここにいる。

今、目の前にいる。


「なんですか?鮫上くん!」

「その呼び方やめて」

「へ」

「その苗字嫌いだから……名前で呼んで」


また、始めればいい


「あ、わ、わかりました!えっと…………紺、くん。紺くん、紺くん…」


初が初めて俺の名前を呼んだ時と同じように、自分に言い聞かせるように何度も俺の名前を言って練習する。


「……うん」