「何もしない。
 だから今のまま大人しくしていてほしい。
 話したいことがある」


 パニックと恐怖と緊張に覆われ。
 固まっている、全身がガチガチに。

 そんなとき。
 届いた、耳元に。
 落ち着いた静かな声が。



 声からすると男子のようだ。


 確かに私の口を塞いでいる手は男子の手のように感じる。





 見えない、姿は。

 だから。
 わからない、はっきりとは。


 そんな中でも感じるのは。
 年齢は二十歳前後くらいだろうか。
 なんとなく。


中庭(ここ)だと話をすることが難しいから
 出よう、とりあえず」


 できない、ついていくことが。
 この状況に。


 塞がれている、口を。
 そのうえ中庭(ここ)から出るなんて。

 一体どこへ行くつもりなのだろう。
 中庭(ここ)から出て。







 言っている、何もしないと。
 私の口を塞いでいる彼は。

 だけど。
 それでも、やっぱりつきまとう。
 恐怖や不安は。





 見えない、彼の顔は。
 私の真後ろにいるから。

 そのため。
 言えない、はっきりとしたことは。

 だけど。
 おそらく彼は知人ではない全く知らない人。



 その人が私に何の用なのか。

 そして。
 なぜこのようなことをするのか。


 ある、気持ちは。
 訊こうという。

 だけど。
 できない、全く。
 声を出すことが。
 口を塞がれているし。
 恐怖と緊張で。


「今のまま声を出さなければ手は放す。
 了承してくれるのなら黙って頷いてくれ」


 いろいろな気持ちや考え。
 それらが回っている、グルグルと。
 頭と心の中で。

 そんなとき。
 届いた、耳元に。
 私の口を塞いでいる彼のそんな言葉が。



 どのみち。
 出せそうにない、今は声を。

 出すことができるとしても。
 この状況を考えたら。
 出さない方が賢明だと思う。


 だから。
 頷いた、黙って。
 彼の要件通り。

 その瞬間。
 ふわっと口元が解放された。


「今は深いことは考えずに
 中庭(ここ)を出ることだけを考えてほしい」


 そう言った彼は私の手を握り校門の方へ歩き出した。

 彼に手を握られている私は彼の動きに合わせるしかなく一緒に歩き出す。