まっすぐ家に戻るつもりだったが、一つ乗り換えるとここから軽井沢に行けることがわかった。
正志さんと軽井沢に行く計画を立てて行けなかった。ホテルにも迷惑をかけてしまったことが気になっていた。


・・・心残りは残したくない・・・


一人で行ってみようと行先を変更した。
携帯のWebからホテルの予約を取ろうとしたが、当日だったので電話でしか受け付けていなかった。
乗り換えの間に電話をしたら、1泊なら取れることがわかった。


軽井沢の駅からタクシーに乗り、ホテルに向かった。

「今日お電話で予約をした坂口です。」

「はい、ご予約お受けしております。本日はお一人様でよろしいですか。」

「はい、あの・・・以前予約させていただき、その時主人が倒れてしまい来ることが出来ませんでした。ご連絡をしないで当日お電話を頂きキャンセルとなったのですが、キャンセル料は請求されませんでした。お心遣いありがとうございました。」

「そうでしたか、ご丁寧にありがとうございます。それでご主人様は・・・」

「亡くなりました。」

「申し訳ございません。お聞きしてしまい失礼いたしました。」

「いえ、キャンセルのことが気になっておりましたのでお礼をと思い参りました。」

「ありがとうございます。ごゆっくりなさってください。ではお部屋にご案内いたします。」

フロントの女性は少し取り乱していた。
ポーターが部屋に案内してくれた。


少し和風が入ったクラシックな部屋は落ち着いた雰囲気で素敵だが一人では広すぎた。
ボーっと窓から外を見ていると、コンコンとノックの音がした。

「支配人の佐藤でございます。」

「はい。」

ドアを開けると、黒服の紳士が立っていた。

「先程はフロントの者が大変失礼いたしました。ご主人様は残念なことでお悔やみ申し上げます。」

「いえ・・・わざわざありがとうございます。」

「あの、実はこれをお預かりしておりました。」

支配人は小さな箱が入った手提げ袋を渡してくれた。

「何でしょうか? 」

「ご主人様からご予約後にご依頼がございまして、軽井沢のお店から受け取っておいて欲しいとのことでした。当ホテルの予約を取る際にネットを見ていてこちらを見つけられたそうです。サプライズで奥様にプレゼントしたいと申されましたのでご依頼をお受けいたしました。」

「私にですか? 」

「はい。キャンセル後にご連絡をさせていただきましたら、必ずまた行くので持っていて欲しいとのことでしたので、保管しておりました。」

私は袋から箱を出して開けた。綺麗なダイヤが光る楓の形のネックレスだった。
そこにはカードも入っていた。


  楓 いつもありがとう。
  愛をこめて・・・
          正志


・・・なんてこと・・・またもや正志さんのやさしさ・・・


その場にうずくまった。
正志さんとのことが走馬灯のように思い出された。


・・・やっぱり正志さんに会いたい・・・


「坂口様、大丈夫ですか? 」

支配人の佐藤が抱きかかえてくれた。

「すみません・・・」

「素敵なご主人様だったのですね。」

「はい。世界一です・・・」

「どうかお力落としをなさいませんように。あの、こちらはホテルからです。1階のティーラウンジのドリンク券です。ごゆっくりおくつろぎください。」

支配人はドリンク券を差し出し、一礼をして戻っていった。


小さな箱からネックレスを出し、鏡の前で金具を外し首の後ろでその金具を止めた。ピタッと冷たいペンダントトップの金属が胸元に付いた。
その冷たさと共に息が苦しくなった。


・・・これを付けて正志さんのところに行こう・・・


と、心に決めた。



・・・正志さんとの日々は幸せという言葉では語りつくせない・・・
・・・幸せという言葉が安っぽく感じるほど、私は酔っていた・・・
・・・正志さんが酔わせてくれていた・・・
・・・そんな日々にもう戻ることはできない・・・
・・・でも・・・正志さんの側に行くことはできる・・・



夕方からの雨が夜まで続いている。山の雨は激しい。
いつも軽井沢は私を素にしてくれる。
澄んだ空気、香る緑、荒々しい雨・・・そのすべてが私の心を軽くしてくれていた。
でも今回だけは、私の心を浄化するに至らなかった。