家での在宅ケアが始まった。

ヘルパーさんが代わる代わる毎日来てくれた。たしかに助かるのだけど、毎日違う人だし、ずっと付き添っていることには変わりなく、疲れがたまっていった。

直哉さんは病院の時と違って、週に1回来てくれた。
でも休みの日に来て保々一日居てくれた。

「お姉さん、休んでいて。寝なくてもいいから少し横になって。」

出来た弟だった。直哉さんが来てくれると私も安心して少し体を休めることが出来た。


正志さんは1ヶ月に一度、一日入院をして検査をした。
その日私は介護から解放されてさすがにぐっすり眠ることが出来た。

在宅看護が始まって3ヶ月が過ぎたときだった。先生から声がかかり検査結果を直哉さんと一緒に聞いた。

「坂口さん、旦那様の症状は好転していません。薬はある程度効いてはいるのですが・・・」

「兄は・・・このままってことでしょうか?」

「残念ながら・・・その可能性が高いです。引き続き少し検査をしたいので今回はもう一日入院をお願いします。」

頭が真っ白になった。直哉さんが肩を抱きしめてくれていたがそれも何も感じなかった。


直哉さんは私を家に連れて帰ってくれた。
頑張らなくては・・・無理をして明るく言った。

「直哉さん、夕飯食べて行って。」

「お姉さん・・・無理しないで・・・」

「少し待ってて・・・」

キッチンに立ったが、何をしていいかわからなかった。


・・・やっぱり無理・・・


キッチンでうずくまった。

「楓・・・」

「えっ?」

「ああ・・・直哉さん・・・似ていたから・・・似ていたのよ・・・」

涙が出た・・・

「しっかり・・・」

直哉さんは私の身体を支えてくれた。

「楓って・・・正志が呼んでくれたのかと・・・同じなの・・・声・・・」

声をあげて泣いた。直哉さんは私を力強く抱きしめ、そしてキスをした。

「・・・直哉さんダメ・・・」

「俺・・・」

「ダメ・・・それだけはダメ。」

「お姉さん・・・」

「ダメよ・・・」

必死に抵抗した。

「ごめん・・・また来る。」

直哉さんは帰っていった。

私は直哉さんに抱きしめられた時その温かさに心が緩んだ。一瞬どうなってもいいと思った。でも正志さんのことを愛しているから裏切れない気持ちがそれを阻んだ。


直哉さんは何もなかったかのように土曜日には一日介護に来てくれた。
私は直哉さんを直視できなかった。ドキドキした。このドキドキは何なのかわからなかった。でもいつものようにこの日は安心して少しの時間休めたのだった。