「あけましておめでとう。」

「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。本当は喪だから言わないのかもしれませんが、いいですよね。」

「そうか、すまん。でも我々は初めてのお正月だ。いいことにしようね。」

「はい。」


「お雑煮用意しました。具沢山です。」

「お雑煮っていろいろあるんだよね。地方によっても家によっても。」

「そうみたいですね。母の作るお雑煮は具が沢山入っていました。これだけでお腹いっぱいになります。今年は出掛けるからおせち作らなかったのでお雑煮だけ頑張りました。」

鶏肉、大根、ニンジン、里芋、ちくわ、なると、ほうれん草、お餅、海苔、みつば、柚子が入っているすまし汁だった。

「美味しい・・・幸せな味だね。これがうちのお雑煮だ。」

「はい。そうしたいです。気に入ってもらって嬉しいです。」

「これをこれから毎年食べられるんだね。嬉しいよ。今もゆっくりしたいけど、食べたら出かけないとね。先ずはお義母さんのところに行って挨拶して、それから俺の実家に行こう。」

「はい、荷物は作ってあります。お母さんにもこのお雑煮少しだけ持って行きます。」


正月の病院は休日扱いで正面玄関は開いていなく、裏口で入館手続きをして病室に向かった。
母は身体を起こすことは出来なかったが、二人が正月の挨拶に来てくれたことが嬉しかったようだ。
そして、これから正志の実家とお爺様お婆様のところに挨拶に行くと伝えるとこう言った。

「ありがとう・・・正志さん、楓をお願いしますね。・・・楓・・・みなさんにかわいがってもらうのですよ。」

「はい、お母さん行ってきますね。帰ってきたらまた来ますからね。」

母の返事はなく、すぐに目を閉じてしまった。お雑煮も食べてもらうことは出来なかった。
何となく不安な気持ちのまま病室を出た。


正志さんの車で実家に向かった。

「お義父様とお義母様ってどういう感じの方なの? 」

「明るいな、二人とも。母親もさっぱりしていて男みたいなところもある。まあ、男二人育てるとそうなるのかもしれないけど、だから心配することないよ。女の子の子供が出来るって喜んでいたから。」

「そう、でも男の子のお母さんって息子取られたって嫉妬するとか言うじゃない? 」

「大丈夫だよ。一緒に住むわけでもないし。」

何を言われても不安は拭えなかった。



正志さんの実家に着いた。
不動産屋の店舗と家は中で繋がっていると聞いている。
お店の入口にはお正月の立派な〆飾りがかかっていた。家の玄関に回ると、お店ほどではないもののこちらにも〆飾りがかかっていた。

「ただいま。おめでとうございまーす。」

正志さんは元気よく声をかけた。
パタパタという足音とともにお義母様が出てらした。

「あーよく来たね~入って入って。挨拶は後にね~。」

明るいお義母様だった。私は用意していた挨拶を胸にしまい、家に上がった。

居間に通されると、お義父様とそして直哉さんもいた。

「直哉も来てたのか?」

「おふくろが来いってうるさいからさー。」

「あらあら、突っ立ってないでこちらに座って。」

ソファーに座るように勧められた。

「正志さん、ご挨拶させていただきたいのですが・・・」

「そうだな、わかった。」

正志さんは切り出してくれた。

「父さん母さん、紹介します。僕が結婚した楓さんです。」

「楓です。ご挨拶が遅くなってしまい本当に申し訳ございません。」

「いいのよ~正志からは写真送ってもらっていたから、初めてお会いするような気がしないわ。」

「正志さん写真送ったのですか? 」

「おふくろがうるさいから・・・」

直哉さんと同じことを言っていた。同じような声で。

お義父様は横でニコニコしていた。

「楓さん、よろしく頼むよ。この家はね、母さんが賑やかでいつも笑っている、そんな家だ。だから気楽にしてくれ。正志がいきなり結婚すると連絡してきたときは驚いたけど、慎重な正志がそういうのだから我々は何も心配はしなかった。正志、素敵な女性をもらったな。良かったな。」

「本当にそう思うよ。」

私はお義父様と正志さんのやりとりが嬉しかった。


賑やかな夕食だった。お母さんお手製のおせちやから揚げ、何故かおにぎりと食卓がいっぱいだった。
私はなかなか席に着かないお義母様のいる台所に行った。

「何かお手伝いします。」

「いいのよー。私はこうしてバタバタしているのが好きなのよ。出来る間はさせて頂戴。ゆっくりしていなさい。」

「はい、でも・・・」

「そうね。それで戻ることも出来ないわね。そうしたらお運びしてくれる。」

「はい。」

何故おにぎりがお正月にあるのかお義母様が説明してくれた。
昔、お正月というとご挨拶の方がひっきりなしにいらしていた。その時食べ盛りな息子二人の相手を出来ないから、おにぎりを用意しておけばいつでも食べられるからというのが始まりで、結構お客様もおせちとかに飽きていて、おにぎりは人気だったので毎年正月には恒例として作るようになったのだという。あの二人、結構食べたのだろうなと思わず想像して微笑んだ。


男三人は結構飲んでいた。
お義母様は私に正志さんの子供の時の話をしてくれた。
やんちゃだったけど優しかったこと、弟の面倒も見てくれたし、今も自分たちにもなんだかんだといって世話を焼いてくれることを嬉しそうに話した。
私の母のことを聞かれ、もう長くないことを話すとお義母様は涙を流してくれた。
この家族はみんなやさしい。ここの家族になれたことが嬉しかった。


車を実家に置いて、タクシーでホテルに戻った。正志さんは私が気を遣うからとホテルを取ってくれたのだ。