「根岸いるか~」

彼は修理店のドアを開けて叫んだ。

「おー、正志か。どうした? あれ? 彼女⁇」

「違うよ。変なこと言うなよ。この人がこの先の道でヒールを溝にはめてしまっていたのを俺が外したんだよ。直してやって。」

「そうか・・・では、その椅子の横にサンダルがありますからそれを履いて、一応両方の靴をこちらに・・・」

私は言われたようにサンダルを履いて、靴をカウンターに置いた。

根岸さんは、靴をじっと見ながらつぶやいた。

「あらら~、まだ新しいのに・・・」

「そうなんです。昨日おろしたばかりだったのでショックです。」

「それは災難でしたね・・・」

やさしくそう言ってさらに私を見た。

「お客さんはこの辺りの人じゃないよね。」

「はい、父の実家がこの近くなんです。父が亡くなったので挨拶に来たのですが、こんなことになってしまって・・・この後伺うのです。」

「それは それは・・・じぁあ急いで直すね。」

根岸さんは靴を持って作業場に入っていった。


「お二人はお知り合いなのですね。」

「そう、同級生。腐れ縁だな。もうずっとだもんな、小学校からだから20年以上か。」

「いいですね、そんなに長く付き合える友達・・・うらやましい。」

「いない? そういう友達? 」

「父が転勤の多い仕事だったので一ケ所にずっといなかったからあまり友達いないんですよね。」

「そりゃ寂しいな。でもいろんな土地に行けたからそれはそれでいいんじゃないの?」

「・・・まあ、そうですね。」

そんな考え方をしたことがなかった。
いつも転校や引越は大変で寂しく、イャだとしか思わなかったから・・・


「そういえばさ、名前聞いていい?」

「三崎です。 三崎(みさき) (かえで)です。」

「三崎・・・ってこの先の石塀のある三崎さん家の?」

「あっ、はい。父の実家です。私は小さい時以来なので初めて来るのと同じで、母に立派な石塀があるからわかるわよと言われました・・・」

「俺ら二人とも小学生の時にあそこの爺ちゃんに剣道教わってたんだ。」

「そうでしたか・・・あの、私もお名前聞いていいですか?」

「俺は、坂口(さかぐち) 正志(まさし)、あいつは根岸(ねぎし) (りょう)。ちなみに俺は今東京にいる。今日は休みで実家に帰っていたところ。」

「すみません、お休みのところ時間使わせちゃって・・・」

「いや、問題ないさ。」


「出来たぞ~。」

根岸さんは靴のヒールを速攻で直してくれた。

「同じような革があったから傷の入ったヒールの革を貼り替えた。左右遜色ないとおもうよ。」

「ありがとうございます。ほんと助かりました。おいくらでしょうか。」

「いいよ、サービス。正志の客だからな。」

「根岸~、綺麗な人には優しいな。」

「バカ言え、俺はもう妻帯者だ。お前とは違う。」

「ハハハ、こちら三崎さん。剣道教わっていた三崎爺さんのお孫さんなんだって。」

「そうなの、ヘー。」

根岸さんはカウンターに両手を付いてじっと私を眺めた。

「三崎さん、根岸がいいと言うからいいんじゃない。」

「すみません。お二人に助けていただいて・・・ホント助かりました。ありがとうございます。」

何度もお礼を言って私は店を出た。知らない土地に来て優しい暖かい心に触れた。
少しこわばっていた心がほどけたようだった。