帰りの車の中から病院に電話を入れてみたら、担当の先生が運良くいらした。そして、これから会ってくださることになった。


「先生、お時間いただいてありがとうございます。」

「実は私達結婚するのですが、父が亡くなったばかりですし挙式はまだ先を考えています。そこで、母には私のウエディングドレス姿だけでも見て欲しくて、そして写真を一緒に取りたいのですが、ほんの少しの時間調布の駅近くまで母を外出させることは可能でしょうか。」

「ご結婚の件、おめでとうございます。お母さんの件ですが・・・うーん。結構厳しいですね。日によって様態が違います。それと、どうだろう、お母さんはあなたのウエディングドレス姿を見ることが出来て嬉しいかもしれないけど、自分の死期を感じないだろうか・・・」

「あの、先日お母様と二人でお話したのですが、なんとなく既にご自分のことおわかりのようでした。それを聞いたので、この提案をしました。」

「そうでしたか・・・少し考えさせてください。2~3日でお返事いたします。」

改めて母の様態が深刻な事を再確認してしまった。
病室を覗いてみると母は良く寝ていたのでそのまま帰ることにした。
寝顔を見ていると不安になる。このまま起きないのではないかと。


・・・本当に最後なら見せてあげたい私のウエディングドレス姿を・・・
・・・何も今まで親孝行してあげられなかったから・・・


二日後病院に行くと先生に呼び止められた。

「三崎さん、ちょっとこちらへ。」

いつもお話を聞くときの部屋ではなく、病院の最上階に連れていかれた。

「ここ、僕たちが会議をするときの部屋だけど、ここでお母さんと写真撮ったらどうかな。」

「えっ? このお部屋貸していただけるのですか? 」

「本当はそんなことしないけど特別に。短時間ならと許可をもらったよ。やはり外出はリスクがありすぎるから、お母さんにはここに来てもらう。それなら僕が側にいるから大丈夫だよ。」

「ありがとうございます。先生。」

「ウエディングドレスどこかで着て、車を裏に着ければこの会議室にはそんなに人に見られずに入れる。それでここに写真館の人に来てもらって写真を撮る。どうかな? 」

「あの、来月私の誕生日なんです。その日はどうかと彼が・・・11月28日です。」

「そうだね、まだ一ヶ月以上あるけど大丈夫だろう。お母さんきっと喜ぶね。」

「はい、先生ありがとうございます。」


今日は母にはまだこのことは言わなかった。今度正志さんと一緒に来た時に伝えようと思った。


10月20日は母の誕生日だった。丁度土曜日だった。
正志さんと二人で母が食べられそうなフルーツが乗ったプリンと、花束、そしてきれいなひざ掛けと靴下をプレゼントに買った。

「お母さん。」

「楓・・・あっ正志さんも・・・」

「お母さん、お誕生日おめでとう。」

「あら・・・忘れてた。ありがとう。ベッド起して・・・」

母は楽な体勢で起き上がった。

「これね、私と正志さんからのプレゼント。開けて見て。」

「何かしら・・・」

母は包みを開けた。

「綺麗なひざ掛け、あら靴下も、ありがとう。嬉しい。」

「お母様、まだあります。」


・・・何だろう・・・聞いていない・・・


「楓さん、結婚してください。」

正志さんは指輪の箱を私に見えるように開けた。

私も母も目に涙が浮かんだ。

「はい、喜んでお受けします。正志さん、ありがとうございます。」

正志は私の左手の薬指に指輪をはめてくれた。

「正志さん、ありがとう。こんなに嬉しい誕生日はありません。本当にありがとう。」

母は笑いながら泣いていた。

「お母様、挙式はお父様の喪があけてからと思っています。でも入籍は楓さんの誕生日にしたいと思うのですが、よろしいでしょうか。」

「はい。それはいいですよ。楓、本当にいい方とめぐり逢ってよかったね。お母さんこれで安心してお父さんのところに行けます。報告しなくちゃね。」

「お母さん・・・」

私は母を抱きしめた。やっぱり長くないことを母もわかっている。なんとなく、この日も写真を撮ることを話せなかった。


病院を出たところで正志さんは私にそっと言った。

「楓・・・写真のこと、サプライズでもいいんじゃないか。」

「私もそう思う・・・先生にも伝えておきます。」


出張撮影をしてくれる写真館に立ち寄った。
ここでウエディングドレスを借りることも、メイクも着替えも手配が出来た。

「そうか、俺も着るのか。ハズいな。」

正志さんは、自分は着替えないものと思っていたようで、タキシードを着ることが判明して大いに照れた。
11月28日が楽しみだった。
でも、着実に近寄る母の死が心を締め付けた。

スタジオから見える木々から葉が舞っていた。