午前中に役所と銀行を回ろうと思ったが銀行三行はやはり時間がかかった。
だが、銀行の金庫には権利書関係も全てあった。

「お昼過ぎてしまったね。」

「すみません、お腹すきましたよね。お蕎麦どうですか? 正志さん好きですか? 」

「好きだよ。」

「どっちタイプですか? 細くてツルッと食べられるのと、太くてちょっと堅めの十割のと・・・」

「どっちも好き。楓は? 」

「私もどっちも好きなのですが、今日は胡桃蕎麦どうですか? 」

「胡桃タレかな? 」

「そうです。お蕎麦自体は確か二八だと思います。」

「じゃあそこに行こう。」

家族で何度か来た蕎麦屋だった。旧中山道の面影を今も少し残している街道沿いの蕎麦屋は古びた作りの店で美味しい記憶があった。


「美味しかった。ありがとう。」

「いいえ、軽井沢にも蕎麦屋さんたくさんあるのですが、父はここの胡桃蕎麦が好きでした。」

「そうか、来ることが出来て良かった。アルバム見て思ったんだけど楓はやっぱり顔はお父さん似かもね。」

「そうですね、皆さんそう言います。お婆様もそうおっしゃっていました。」

「そうか・・・まあ二人に似ているってことだね。さてと、チェックイン前にどこか行く? 軽井沢で行きたいとこは? 」

「お茶しませんか? 素敵なカフェがあります。そこで少しゆっくりしましょう。」

「いいの? アウトレットとか軽井沢銀座とか・・・」

「はい。特に欲しいもの無いですし、正志さんとゆっくりできる方が良いです。」

二人は、旧軽の別荘地の中にある有名なカフェに行った。夏ではないので混んではいなかったが、2組のカップルがいた。


テラス席が空いていたのでそこに座った。マスターが良かったら使ってくださいと、ひざ掛けを貸してくれた。

「特に何があると言うわけでもない庭だけど、落ち着くね。空気がいいからかな。カラマツの香りがする。」

「私は軽井沢のこの空気が好きです。特に朝や雨上がりの・・・缶詰にして持ち帰りたいくらい。」

「楓さんってたまに面白いこと言うね。そんなに好きなら明日早起き出来たら散歩しよう。」

「はい。」

カフェでのんびりとお茶をしてくつろいだ。


そこから15分位車で走ったところにそのホテルはあった。
着いたホテルは周りが木に囲まれている落ち着いた雰囲気のプチホテルだった。

「素敵・・・」

「写真で見たより素敵だ。」

「お部屋は2階の205号室になります。」

チェックインを済ませると、ポーターが荷物を持って案内してくれた。
部屋はアイボリーの壁に濃い茶色の木材が使われていてクラシックモダンといった雰囲気だった。

「陽のあるうちにお庭の散歩をお勧めいたします。」

ポーターはそう教えてくれた。

「行ってみない? まだ夕飯までには時間あるし。」

「そうですね。では貴重品だけ金庫に入れて行きましょう。」


1階のロビー横から中庭に出られた。そこは芝生の広場で、小川の横が遊歩道のになっていた。正志さんは私の手を握って歩いた。

「楓、大丈夫? 」

「はい。気持ちいいですね。少し寒いくらい・・・」

正志さんは身体を寄せて私の腰に手を回した。

「これで少しは暖かい? 」

正志さんの心遣いが嬉しかった。

「楓、あれ見て。」

そこには小さなチャペルがあった。

「このホテルはね、挙式が出来るの。どう? 」

「素敵です。」

「ねえ、結婚しようよ・・・」

「えっ? 」

「楓、俺と結婚してください。」

「はい。嬉しいです。」

正志さんはやさしく頬に手を当ててキスをした。

「この間ね、お母さんにお会いした時こっそり許可はいただいた。入籍を楓さんの誕生日にして、挙式はお父さんの喪があけてからここで静かに式を揚げよう。」

「嬉しい・・・」

嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらなかった。

「あとね、お母さんが元気なうちに、楓のウエディングドレス姿みせてあげたらどうかなって思っているんだ。調布の駅近くのホテルでドレス着て、どうにかお母さんにそこまで来てもらって写真を撮ろうよ。」

「正志さん・・・嬉しい。ありがとうございます。」

「今度病院に一緒に行って先生に相談しよう。」

「はい。」

正志とは知り合ってまだ5ヶ月だけど、結婚することに何も不安は無かった。むしろ直ぐにでも結婚してずっと一緒に居たかった。居てほしかった。

最高に幸せな夜を軽井沢で過ごした。


朝は早く起きられなかったので散歩は出来なかったが、部屋の窓を開けておもいっきり軽井沢の朝の空気を吸うことが出来た。
まだ軽井沢にいたかったけど、朝食を食べてホテルをチェックアウトした。