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「オレ、マジで即レスとかムリだから。正直ウザいんだって。もうさ、オレら別れよ」

 10分前、同じクラスの鮎川さんにそう言って男が去っていくのを、俺は少し手前の曲がり角に身を隠したまま盗み見してしまったんだ。

 いや、本当は盗み見なんかするつもりなかった。

 気付かないフリをしてさっさと通りすぎればよかったんだけど、どう見ても修羅場だってわかったから、気まずくて近づけなかったんだ。


 相手の男の姿が完全に見えなくなったあとも、鮎川さんはずっとその場に突っ立ったまま、彼の立ち去ったその先をぼーっと見つめていた。

 そのうちぽつりぽつりと雨が降り出すと、鮎川さんの頭の上のふたつのおだんごが、いつになくしょぼんと元気なさげに見え、俺は思わず隠れていたことも忘れて、鮎川さんの頭の上に傘を差し出した。

「俺の傘、使って」

 大丈夫だって言い張る鮎川さんの手に傘を無理やり握らせると、俺は雨の中を家に向かって走っていった。