「RYOさん、いろいろとありがとうございました」

私は深々と頭を下げた。

このエグゼクティブマンションに入るのも今日が最後だろう。

そう考えると少しだけ寂しい。

「どういうこと?」

向かい合わせのソファーに腰を深く下ろしていたRYOさんが身を乗り出した。

「私、何もわかってなかったんです。恋のこの字も知らないくせに、外見だけ取り繕ってきたけれど、中身がぜんぜん伴ってません。数学の応用問題がいきなり解けないのとおんなじです。私にはまだまだ基礎を固める必要があるんです」

RYOさんは何も答えなかった。

その代わりに気難しく眉間に皺を寄せて何かを深く考えているような顔をしていた。

「ごめんなさい。ほんと、勝手ばかり言って…」

気まずい空気が流れる。

そりゃそうだろう。

プロのメイクアップアーティストに無茶なお願いをしてバイトまでさせてもらって、それをこっちの都合で一方的にやめるだなんて。

怒るのが当然だ。