純・情・愛・人

空耳・・・?薫子、とわたしを呼び捨てにするのは一人きり。『かおるちゃん』じゃなくなったのは、いつからだったろう。

伏せていた視界にジーンズにワークブーツを履いた二本の足が映り込んで、ゆるゆる顔を上げる。黒のキャップを被り今時の格好で、広くんがわたしを正面から見下ろしていた。

「何してるバカ女。さっさと来い」

舌打ちが聞こえたかと思えば、手首を掴まれた拍子によろけたわたしの肩に腕を回して、引っ張るように歩き出す。

「広く・・・」

「黙ってろ」

ベンチソファが並ぶ通路で、二人掛け用を独占していた男性に躊躇なく声をかける彼。

「連れが具合悪いんで、詰めてもらっていいっすか」

怪訝そうな一瞥をくれ、スペースを空けてくれたのを、わたしも小さく会釈し、ようやく落ち着けた。

「動くなよ」

『逃げるなよ』に聞こえた。目を閉じてじっと。しばらく休めば大丈夫。

それにしても、まさかこんな所で会うなんて。・・・相変わらずの態度だけど、おかげで酷くならずに済んだ。ちゃんとお礼を言わなくちゃ。

「水だ、飲めるか」

ふいに額に押し当てられた冷たい感触。口許から離した手でペットボトルを受け取る。

「ありがとう・・・」

「どうせ酔ったんだろうが。クスリも飲んどけ」

モール内のドラッグストアで買ってくれたらしい酔い止めも、素っ気なく渡された。