目が離せない大地の相手をしているうち、気が付けば車は有馬の家の正門をゆっくりくぐり抜けていた。

自分なりに気持ちを固めて心の準備はしてきたつもりだった。お父さんに大地を抱っこしてもらい、荷物を手に見慣れた風景の中に降り立った瞬間、内臓がねじ切れそうな緊張感が込み上げる。

二年前と変わらなく見えた。和の趣と重厚感のある玄関の向こうにはいつも、ときめきが待ち受けていた。怖い思い出はひとつもなかった。

「堂々と母親ヅラしてやがれ」

大地のお出かけ用一式が詰まったバッグが手から攫われ、ラフな格好の長身が顔だけ振り向ける。まるでわたしの心を見透かしたみたいに。

「それさえ貫けりゃ上出来だ、バーカ」

彼に言われる『バカ』はそんなに嫌じゃないのが不思議だった。

子育て中、肩につかない長さのレイヤーボブにした髪をくしゃっとした掌は、決してわたしを甘やかしてはいない。

お父さんもきっとそうだ。後ろに隠れて親任せにする不甲斐ない娘を育てた覚えはないだろう。

「うん」

深く息を整え、軽量スニーカーの底で敷石を踏みしめる。

ああ、そうか。ヒールのない靴で歩くのは初めてなのを気付いた。

履きやすさより、見た目が一番だと思っていたから。