愛は手から零れ落ちる


お店は毎日忙しかった。
特にものすごく混むというのではないけど、ずっと人が途切れることは無かった。
慣れないせいかもしれないし、立ち仕事も初めてだったので家に帰るとそのまま寝てしまう日が続いた。


そうしているちにあっという間に1週間が経った。

私がロッカー室で着替えを終えたとき、ノックの音がした。

「はい、どうぞ。・・・すみません、お待たせしました。」

櫻井君だった。
私はロッカー室のドアを開け廊下に出た。

「いえ、待ってないです。・・・あのさ~」

「はい。」

「あんたさ~、もう少し化粧とかしたら。」

「は? 」

「ケバくしろっていうんじゃない、気を使えっていうこと。バーなんだぜ、ここはお金払ってお客がくるところなの。いくら裏方だっていってもさ・・・」

「はい・・・」

櫻井君は表情を変えずにそれだけを言ってロッカー室のドアを閉めた。
私は櫻井君の言葉にㇵッとした。
マスターが何も言わないから気にしてなかったけど、櫻井君の言う通りだと思った。
私は殆ど化粧をしていない。クリームを付けてリップを付けるくらいだった。

そうだよね、化粧くらいしないとね・・・
忠告してくれたことに感謝した。


次の日、私は久しぶりに美容院に行った。
髪の毛はずっと切っていない。長い方が手入れがいらないからだった。
数年ぶりに前髪も切ってセミロングにした。そして、ポニーテールのように結ぶやり方を教わった。
メイクもしてくれる店だったので、ナチュラルメイクも教えてもらった。
そして、帰りに足りない化粧品と白いシャツを2枚買った。
これで少しはこざっぱりする。


夕方店に行った。
マスターは私を見て微笑んだ。
着替えを終えてロッカー室を出たところで櫻井君と出くわした。
櫻井君は私を見ると、

「いいじゃん。」

それだけ、一言無表情で言った。

それでも私はうれしかった。