「瑞穂、まずマスターに相談するんだ。それと警察にもな」

マンションまで車を走らせながら、斗真さんは言う。

「え、警察だなんて……大袈裟ですよ」

「またあいつが来たらどうするんだ」

確かに、さっきの坂本さんはいつもと違う人みたいで怖かったけど……

「坂本さん、そんなに悪い人じゃなかったと思うんです。いつもは穏やかで気さくな方で……」

「この期に及んであいつをかばうのか」

斗真さんが怒気を含んだ口調になる。

同時に赤信号で車が止まり、こちらに身を乗り出した斗真さんが私の顎を持ち上げ、唇が触れた。

生温かい感触に、目を閉じることすらしないまま固まった。

ゆっくりと唇を離した斗真さんは、青信号に変わると何事もなかったようにまた車を走らせる。


えっと。今のは夢だったのかな。幻だったのかな。

いや、そんなわけがない。

湯を沸かすように足先から頭まで熱くなる。

どうして。

今までキスをしたことなんてなかったのに。

抱き寄せられたのだって昨夜が初めてだったのに。

やっぱり斗真さん、様子が変だ。


斗真さんとはそれから何もしゃべることはなく、会話のないまま車は自宅へと到着した。