翌日は月曜日。私は一睡もできないまま仕事へと向かった。

私の勤務先は、自宅からほど近い昔ながらの喫茶店『花森(はなもり)珈琲店』。

父がここのコーヒーが好きで、私も幼いころから父に連れだってよく訪れていた。

だからマスターとは古くから顔見知りで、縁あって大学卒業時にここで雇ってもらうことになったのだ。


「瑞穂、昨日どうだったのよ」

テーブルを拭いていたら、幼なじみであり同じく花森珈琲店で働いている稲田亜矢(いなだあや)が私の耳元に顔を寄せた。

「LINEの返信もないから心配したのよ」

「ごめんね。昨夜は早く寝ちゃって……」

咄嗟に嘘をついたけど、目の下のクマに気づかれていないだろうか。

亜矢には『好きな人が家に来る』と正直に事情を話して、昨日のシフトを急遽代わってもらっていた。

快諾して仕事をこなしてくれたのに、亜矢にその後の報告をしていなかった。

頭の中を整理するのに精一杯でスマホを見ている余裕はなく、亜矢からのメッセージにも出勤直前まで気づかないくらいだったのだ。

「あとでちゃんと聞かせてよね」

「うん、うまく話せるかわからないけど……」

苦笑いすると、亜矢は目をキラリと輝かせた。

「なんかいろいろあったみたいね。話聞くのが楽しみだわ」

亜矢はルンルンと足取り軽く空のコーヒーカップをのせたお盆を運ぶ。

全然楽しい話じゃないんだけどな。

亜矢の期待を裏切るようでなんだか申し訳ない。