授業の終わりを告げるチャイムがなった。
シオンはリナリアの手のひらにキスをすると「じゃあ、またあとでね」と言ってこちらに手をふる。
リナリアは休憩時間中の教室に入った。すぐにケイトが気つき、仮病と分かっているうえで「お腹はもう大丈夫?」と聞いてくれた。周りにいた生徒たちに聞かせるためだ。
「もう大丈夫よ」
「良かった。先生に貴女のこと伝えておいたわよ。『お大事に』だって」
「ケイト、ありがとう。ありがとうついでに、もう一つ頼みたいんだけど……」
「いいわよ。何?」
「実は……」
教室の騒音に紛れてケイトに耳打ちをすると、ケイトはウンウンとうなずいた。
「分かったわ。ゼダ様と協力して、シオン殿下の元恋人に、その人だけが知っているシオン殿下の特徴を聞いたら良いのね?」
「うん、今までにシオン殿下に変装したローレル殿下の恋人になった人たちの中には、『二人の王子を見分けたい』って思った人がいると思うのよね」
「そうね、自分の恋人がどっちか分からないなんて嫌だものね」
「そうそう。だから調べてみる価値があると思うの。ケイト、変なお願いしてごめんね?」
リナリアが謝るとケイトは「気にしないで」と微笑んだ。
「真剣なリナリアには申し訳ないけど、私は今、新しい自分を探しているみたいで少しワクワクしているの」
「新しい自分?」
「うん、今まで私たち、仮病なんて使ったことないじゃない? だから、先生に貴女の仮病を伝えるとき、すごくドキドキしたわ」
「私も授業をサボったとき、すごくドキドキした……」
「そうよね。またやりたいとは思わないけど、悪い生徒になってみるのも良い経験になったわ。そのおかげで、自分には悪いことは向いてないって分かったから。だから、元恋人からの情報収集もやってみたいの。今までやったことないけど、私、たぶん、上手くできるような気がする」
確かに人を見る目があるケイトは、人から上手く情報を聞き出すこともできそうだ。
「ゼダ様にもお願いしているから、何かあったらゼダ様と協力してね」
「分かったわ」
そういったケイトは、一週間後に元恋人たちからローレルが変装したシオンの特徴を聞き出し、紙に書いてまとめたものをリナリアに手渡してくれた。
ケイトの隣には、ゼダが姿勢よく立っている。
「ありがとう、ケイト! ありがとうございます、ゼダ様」
二人にお礼を言うと、ケイトとゼダは笑みを浮かべながらお互いに視線を交わした。共同作業をしたことが良かったのか、二人は以前より親しくなっているように見える。
(この二人、ちょっと良い雰囲気かも……)
内心ニヤニヤしながらリナリアはその場からこっそりと離れた。いつもならゼダにシオンが待つサロンまで護衛してもらうが、今日はあの二人をそっとしておきたい。
そう考えた結果、シオンが待っているサロンに向かう途中の廊下で、バッタリとローレルに会ってしまった。今のローレルはシオンのふりをしていて、ネクタイはシオンの学年の青色をつけている。
「リナリア、みーつけた」
ローレルにニコリと微笑みかけられて、リナリアはゾクッと寒気がした。
(ローレル殿下……)
ローレルから少し離れた場所では、大きなあくびをしているギアムの姿が見える。ギアムが味方になってくれているので、前ほどローレルのことを怖いとは思わなかったが、それでも今は会いたくなかった。
(どうしよう……せっかく証言を集めたのに、ローレルに見つかったら……)
リナリアがローレルの紫色の瞳を見つめながら、手に持っていた紙束を背中に隠すと、ローレルに簡単に奪われてしまう。
「あっ! 返してください!」
「これは何?」
ローレルは奪い返そうとするリナリアの手を器用によけながら、紙束をパラパラとめくった。
「これって私のことを調べたんだよね? へぇ、私って左手の薬指に小さなホクロがあるの?」
ローレルが自身の左手を見て「本当にあった」と驚いている。
「こんなことを調べてどうするの? もしかして、卒業パーティーで私を断罪でもするつもりなのかな?」
「そんなつもりでは……」
ローレルに今までシオンにしてきたことを反省してほしいとは思っているが、この国の王子は二人しかいないので、ローレルが王にならなければ、シオンが王になるしかない。シオンが王になってしまえば、リナリアと結婚できなくなってしまう。
(それは困るわ……)
ローレルは、ニコッと口元をあげたが、その瞳は少しも笑っていない。
「そうだったら面白いし、ぜひやってほしいけど、リナリアは私ともっと面白いことをしようよ」
「面白いこと……ですか?」
リナリアが警戒しながら尋ねると、ローレルが嬉しそうに微笑んだ。
「リナリア、私と恋愛しようよ」
とっさに言葉の意味が理解できず、リナリアは頭が真っ白になった。
「れん、あい? ……私と、ローレル殿下が?」
「そうだよ。私と付き合ってくれたら、リナリアの願いをなんでも叶えてあげる」
「ど、どうしてですか?」
「だって、リナリアは私のことがローレルだと分かった上で嫌いでしょう?」
ローレルが右手を伸ばしてふれようとしてきたので、リナリアはとっさに後ろに飛びのいた。
(気持ちわるっ!? あっ、つい思いっきり避けてしまったわ)
不敬だと怒られるかと思ったが、ローレルは両手でお腹を抑えながら笑い出した。
「あはは、すっごい顔! 全力で避けたね、そんなに嫌だった?」
リナリアがなんて答えたらいいのか分からず黙っていても、ローレルは終始ご機嫌だ。
「ほんと、リナリアって最高に面白いよ!」
「わ、私はシオン殿下の恋人ですよ?」
「知っているよ。だから、シオンを助けたいと思って、こんなくだらない証言を集めたんでしょう?」
ローレルはリナリアから取り上げた紙束をヒラヒラとゆらす。
「だったらなおさら、私と付き合うべきだよ。私ならシオンを助けられる。何も一生付き合ってという話じゃないよ。私が学園を卒業するまでの間、付き合ってくれるだけでいいから、ね?」
ローレルの誘いに乗れば、シオンの悪評は消え、シオンが酷い目にあうことは、もうなくなるのかもしれない。
(でも……)
リナリアが硬く唇を結ぶと、ローレルはため息をついた。
「何か言ってよ。そうだ、リナリアにだけは、私に何を言っても良い権利をあげるよ。絶対に君を罰することはない。証人はギアムだ」
急に話をふられたギアムは「はい、証人になります」と軽く頭を下げた。
「そこまでおっしゃるのなら……」
リナリアは思い切って言いたいことを叫んだ。
「私はローレル殿下と恋愛なんて絶対にできません! 生理的に無理です! さわらないでください、気持ち悪い! あと、性格が悪すぎます!」
ローレルの紫色の瞳がこれでもかと見開いた。
「私が、生理的に、無理?」
「はい!」
「私が、気持ち、悪い?」
「はい! そして、性格が悪すぎです!」
思いっきり叫ぶと、ローレルは呆然と立ち尽くした。その隙に、リナリアはローレルの手から紙束を奪いとる。
「ローレル殿下、卒業パーティーでは断罪しませんが、この集めた証言を元に、のちほど、正式に抗議させていただきます!」
立ち去ろうとしたリナリアの腕を、ローレルが素早くつかんだ。
「リナリアは、私は気持ち悪いのに、シオンは大丈夫なの?」
「はい、正確に言うと、ローレル殿下を含めた他の男性すべてが苦手です。私にとって、シオン殿下だけが特別でふれられても気持ち悪くないんです」
「シオンだけが特別で、私がその他大勢の男と同じ……?」
「はい、そうです。よく分かりませんが、人を好きになるとか、付き合うとかってそういうことじゃないんですか?」
ローレルは予想外に「そう……なんだ?」と、リナリアの意見を素直に受け入れた。
「では、失礼します!」
ローレルにつかまれた腕を思いっきりとふりほどくと、リナリアは逃げるように走り去った。
シオンはリナリアの手のひらにキスをすると「じゃあ、またあとでね」と言ってこちらに手をふる。
リナリアは休憩時間中の教室に入った。すぐにケイトが気つき、仮病と分かっているうえで「お腹はもう大丈夫?」と聞いてくれた。周りにいた生徒たちに聞かせるためだ。
「もう大丈夫よ」
「良かった。先生に貴女のこと伝えておいたわよ。『お大事に』だって」
「ケイト、ありがとう。ありがとうついでに、もう一つ頼みたいんだけど……」
「いいわよ。何?」
「実は……」
教室の騒音に紛れてケイトに耳打ちをすると、ケイトはウンウンとうなずいた。
「分かったわ。ゼダ様と協力して、シオン殿下の元恋人に、その人だけが知っているシオン殿下の特徴を聞いたら良いのね?」
「うん、今までにシオン殿下に変装したローレル殿下の恋人になった人たちの中には、『二人の王子を見分けたい』って思った人がいると思うのよね」
「そうね、自分の恋人がどっちか分からないなんて嫌だものね」
「そうそう。だから調べてみる価値があると思うの。ケイト、変なお願いしてごめんね?」
リナリアが謝るとケイトは「気にしないで」と微笑んだ。
「真剣なリナリアには申し訳ないけど、私は今、新しい自分を探しているみたいで少しワクワクしているの」
「新しい自分?」
「うん、今まで私たち、仮病なんて使ったことないじゃない? だから、先生に貴女の仮病を伝えるとき、すごくドキドキしたわ」
「私も授業をサボったとき、すごくドキドキした……」
「そうよね。またやりたいとは思わないけど、悪い生徒になってみるのも良い経験になったわ。そのおかげで、自分には悪いことは向いてないって分かったから。だから、元恋人からの情報収集もやってみたいの。今までやったことないけど、私、たぶん、上手くできるような気がする」
確かに人を見る目があるケイトは、人から上手く情報を聞き出すこともできそうだ。
「ゼダ様にもお願いしているから、何かあったらゼダ様と協力してね」
「分かったわ」
そういったケイトは、一週間後に元恋人たちからローレルが変装したシオンの特徴を聞き出し、紙に書いてまとめたものをリナリアに手渡してくれた。
ケイトの隣には、ゼダが姿勢よく立っている。
「ありがとう、ケイト! ありがとうございます、ゼダ様」
二人にお礼を言うと、ケイトとゼダは笑みを浮かべながらお互いに視線を交わした。共同作業をしたことが良かったのか、二人は以前より親しくなっているように見える。
(この二人、ちょっと良い雰囲気かも……)
内心ニヤニヤしながらリナリアはその場からこっそりと離れた。いつもならゼダにシオンが待つサロンまで護衛してもらうが、今日はあの二人をそっとしておきたい。
そう考えた結果、シオンが待っているサロンに向かう途中の廊下で、バッタリとローレルに会ってしまった。今のローレルはシオンのふりをしていて、ネクタイはシオンの学年の青色をつけている。
「リナリア、みーつけた」
ローレルにニコリと微笑みかけられて、リナリアはゾクッと寒気がした。
(ローレル殿下……)
ローレルから少し離れた場所では、大きなあくびをしているギアムの姿が見える。ギアムが味方になってくれているので、前ほどローレルのことを怖いとは思わなかったが、それでも今は会いたくなかった。
(どうしよう……せっかく証言を集めたのに、ローレルに見つかったら……)
リナリアがローレルの紫色の瞳を見つめながら、手に持っていた紙束を背中に隠すと、ローレルに簡単に奪われてしまう。
「あっ! 返してください!」
「これは何?」
ローレルは奪い返そうとするリナリアの手を器用によけながら、紙束をパラパラとめくった。
「これって私のことを調べたんだよね? へぇ、私って左手の薬指に小さなホクロがあるの?」
ローレルが自身の左手を見て「本当にあった」と驚いている。
「こんなことを調べてどうするの? もしかして、卒業パーティーで私を断罪でもするつもりなのかな?」
「そんなつもりでは……」
ローレルに今までシオンにしてきたことを反省してほしいとは思っているが、この国の王子は二人しかいないので、ローレルが王にならなければ、シオンが王になるしかない。シオンが王になってしまえば、リナリアと結婚できなくなってしまう。
(それは困るわ……)
ローレルは、ニコッと口元をあげたが、その瞳は少しも笑っていない。
「そうだったら面白いし、ぜひやってほしいけど、リナリアは私ともっと面白いことをしようよ」
「面白いこと……ですか?」
リナリアが警戒しながら尋ねると、ローレルが嬉しそうに微笑んだ。
「リナリア、私と恋愛しようよ」
とっさに言葉の意味が理解できず、リナリアは頭が真っ白になった。
「れん、あい? ……私と、ローレル殿下が?」
「そうだよ。私と付き合ってくれたら、リナリアの願いをなんでも叶えてあげる」
「ど、どうしてですか?」
「だって、リナリアは私のことがローレルだと分かった上で嫌いでしょう?」
ローレルが右手を伸ばしてふれようとしてきたので、リナリアはとっさに後ろに飛びのいた。
(気持ちわるっ!? あっ、つい思いっきり避けてしまったわ)
不敬だと怒られるかと思ったが、ローレルは両手でお腹を抑えながら笑い出した。
「あはは、すっごい顔! 全力で避けたね、そんなに嫌だった?」
リナリアがなんて答えたらいいのか分からず黙っていても、ローレルは終始ご機嫌だ。
「ほんと、リナリアって最高に面白いよ!」
「わ、私はシオン殿下の恋人ですよ?」
「知っているよ。だから、シオンを助けたいと思って、こんなくだらない証言を集めたんでしょう?」
ローレルはリナリアから取り上げた紙束をヒラヒラとゆらす。
「だったらなおさら、私と付き合うべきだよ。私ならシオンを助けられる。何も一生付き合ってという話じゃないよ。私が学園を卒業するまでの間、付き合ってくれるだけでいいから、ね?」
ローレルの誘いに乗れば、シオンの悪評は消え、シオンが酷い目にあうことは、もうなくなるのかもしれない。
(でも……)
リナリアが硬く唇を結ぶと、ローレルはため息をついた。
「何か言ってよ。そうだ、リナリアにだけは、私に何を言っても良い権利をあげるよ。絶対に君を罰することはない。証人はギアムだ」
急に話をふられたギアムは「はい、証人になります」と軽く頭を下げた。
「そこまでおっしゃるのなら……」
リナリアは思い切って言いたいことを叫んだ。
「私はローレル殿下と恋愛なんて絶対にできません! 生理的に無理です! さわらないでください、気持ち悪い! あと、性格が悪すぎます!」
ローレルの紫色の瞳がこれでもかと見開いた。
「私が、生理的に、無理?」
「はい!」
「私が、気持ち、悪い?」
「はい! そして、性格が悪すぎです!」
思いっきり叫ぶと、ローレルは呆然と立ち尽くした。その隙に、リナリアはローレルの手から紙束を奪いとる。
「ローレル殿下、卒業パーティーでは断罪しませんが、この集めた証言を元に、のちほど、正式に抗議させていただきます!」
立ち去ろうとしたリナリアの腕を、ローレルが素早くつかんだ。
「リナリアは、私は気持ち悪いのに、シオンは大丈夫なの?」
「はい、正確に言うと、ローレル殿下を含めた他の男性すべてが苦手です。私にとって、シオン殿下だけが特別でふれられても気持ち悪くないんです」
「シオンだけが特別で、私がその他大勢の男と同じ……?」
「はい、そうです。よく分かりませんが、人を好きになるとか、付き合うとかってそういうことじゃないんですか?」
ローレルは予想外に「そう……なんだ?」と、リナリアの意見を素直に受け入れた。
「では、失礼します!」
ローレルにつかまれた腕を思いっきりとふりほどくと、リナリアは逃げるように走り去った。