(ウソ……。ギアム様はもうすでに学園を卒業して騎士になっていたの? それじゃあ、『卒業後にセリー商会に就職しませんか?』って勧誘できないわ)

 リナリアが予想外の事実に呆然としていると、シオンが心配そうに声をかけてきた。

「大丈夫?」
「えっと……」

 うまく言葉にできずにいると、シオンは「ギアムをセリー商会に引き抜きたいんだよね? それはギアムを私たちの味方にしたいってこと?」と確認してくれる。

「はい、そのつもりでしたが、ギアム様がすでに卒業されているなんて思わなくて……」

 シオンは「じゃあ、私に任せてくれる?」とニッコリ微笑んだ。

「は、はい」

 どうするつもりなのだろうと見ていると、シオンは淡々とギアムに話しかけた。

「ギアム、このまま王族や上位貴族に一生都合よく使われて生きていくつもり?」

 ギアムは「まぁ、そうなりますかね」と他人事のように答えた。

「考えてみなよ。今はこうして、王子の護衛の間に休憩できるけど、私たちが卒業したらどうするつもり?」

 ギアムは、シオンに言われて初めてそのことに気がついたようで「あ」と声を漏らす。

「別にギアムは王家に忠誠を誓っているわけではないし、そもそも、長年付き合いのある私とローレルの区別もついていないよね?」
「まぁ……そうですね。学園内では金髪の男子生徒を守ってりゃいいか、くらいの気持ちですね」

 不敬ともとれる発言をしても、シオンの表情は少しも変わらない。

「だったら、王宮騎士なんて辞めれば? それとも子爵家でも継ぐつもり?」

「家を継ぐなんて俺は絶対に嫌ですよ。そういう面倒で堅苦しいことは弟のゼダが向いてます。でも殿下、これより多く金が貰える仕事がないんですよ。ましてや、商会が俺を雇ってどうするんスか? 俺は安い酒も大好きですが、高い酒も大好きなんです」

 そう力説するギアムの意思は固そうだ。

「誰がセリー商会はただの商会だって言ったの? ギアムに使い道があるからこの話を持ちかけたんだよ。そうだよね、リナリア?」

 シオンの言葉にリナリアは驚いた。

(もしかして、シオンはセリー商会の裏の顔を知っているの?)

 母の説明ではうまく隠しているとのことだったが、王族を完璧にあざむくのは難しいようだ。

「えっと、はい。セリー商会には裏の顔があります。ギアム様が来てくださるなら、王族の護衛をするよりも高い賃金をお支払いいたします」

 ギアムの鋭い瞳がクワッと見開いた。その怖さに思わず逃げたくなったが、リナリアは必死にその場に踏みとどまる。

「そ、それに、セリー商会は人材が豊富にいるため、お休みもきちんと割り当てられます」
「うーん……」

 腕を組みながらギアムが唸っている。あと一押し足りないようだ。

「あとは……いろんな国と商売をしているので、ギアム様が知らないお酒も手に入るかも」

 リナリアが『手に入るかもしれません』と最後まで言う前に、ギアムは「その話、のった!」と叫んだ。

 その声の大きさにリナリアが思わずシオンにしがみ付くと、シオンはヨシヨシと頭をなでてくれる。

 ベンチから立ち上がったギアムは、ニヤリと口端を上げてリナリアを見下ろした。

「で? セリー商会のお嬢さんは、俺に何をさせたいんですか?」