「シオン?」

 心配になって声をかけると、シオンはさらに強く抱きしめてくる。リナリアは遠慮がちにシオンの美しい金髪をなでた。

「ずっと気がつかなくてごめんなさい。まさかそんな都合の良いことが起こるとは思っていなくて……。私もシオンのこと、大好きです」

「大好き?」

 抱きしめられているのでシオンの顔は見えないが、その声は不服そうだ。

「愛している、じゃなくて?」
「大好きと愛しているは、違うんですか?」

 言葉の違いがよく分からない。

「リナリアは、大好きな友達はいる?」
「あ、はい、ケイトです」

「じゃあさ、愛している友達はいる?」
「……あ」

 なんとなくシオンの言いたいことが分かった気がする。『大好き』は家族や友達にも使える言葉だが、『愛している』は『大好き』ほど気軽には使えない。

「そっか、そうですね。私は、お茶会でシオンに初めて会ったときから、ずっとシオンのことが好きでした。シオンは私の初恋で、唯一さわられても気持ち悪くない男性です……その、愛しています」

 シオンからの返事はない。不安になってリナリアがシオンの顔を見ようと、シオンの腕の中で身じろぎすると、「ダメ」と言いながら抱きしめる腕に力が込められた。

「今、私はすごく情けない顔をしているから」

(情けない顔のシオンって想像できないわ。少し見てみたいかも……)

 興味とほんの少しのイタズラ心でリナリアがシオンの顔を覗き込もうとすると、急に体が宙に浮き、気がつけばリナリアはシオンにお姫様抱っこされていた、

「シオン!?」

 驚いてシオンにしがみ付くと、シオンはしっかりとした足取りでソファーまでリナリアを運んだ。ソファーに下ろしてくれるのかと思っていると、シオンはリナリアを抱えたままソファーに座ると、リナリアに前を向かせた。

 リナリアは、なぜかシオンの膝の上に座らせられ、後ろから抱きしめられている。

「あの、シオン? この状況はいったい?」

 リナリアの背後からは、クスッとシオンの笑う声が聞こえた。

「これなら落ち着いて話せるね」
「わ、私は少しも落ち着けませんよ!?」

 シオンの膝の上は居心地が悪いし、背中にシオンがピッタリとくっついていて少しも落ち着けない。あまりの恥ずかしさに、熱でもあるかのように頭がぼんやりとしてきた。

「シオン、下ろして……」
「これはリナリアが、無理やり私の情けない顔を見ようとした罰だよ」

 そう言われてしまうと何も言い返せなくなってしまう。シオンはまるで猫のようにリナリアに顔をすり寄せてきた。首筋にかかるシオンの吐息がくすぐったい。

「リナリア、今から真面目な話をするね」
「この状態で!? できませんよ!?」

 リナリアの苦情は、シオンには聞こえていないようだ。

「リナリアも知っていると思うけど、王家とオルウェン伯爵家は過去に確執があってね。仲が良くないんだ」

 シオンの言葉を聞いて、リナリアは母の言葉を思い出した。

「はい、母にも『オルウェンとしては、王家との婚姻を賛成することはできない』と言われています」

「リナリアのお母様がそう言っているなら、オルウェン伯爵の意見も同じだろうね」
「お父様の意見……そうですね。そうだと思います」

 父と母は子どものリナリアから見ても、人生の良きパートナーであり、仕事上でもお互いに信頼しあっているように見える。

 シオンはリナリアの髪に顔をうずめながら「私の考えでは」と話だした。

「あの、シオン。それ、くすぐったいです。やめて……」
「うん、可愛いよ。私のリナリア」

 噛み合わない会話をしながらシオンは話を進めていく。。

「私としては、何としてでも王室から除名してもらうつもりだよ。第二王子の地位なんて私には必要ないからね」
「そんな……」

「このまま王子でいても、将来的に公爵の地位を与えられて、一生ローレルの良いように使われるだけだから」

 シオンの言葉を否定できない。

「だから、私はローレルが今まで広めた悪評を逆に利用しようと思っているんだ」
「どういうことですか?」

 リナリアが質問すると、チュッと音を立ててうなじにキスされた。リナリアの口から「ひゃっ!?」と悲鳴があがると、シオンはヨシヨシとリナリアの頭をなでる。

(こ、これ以上シオンに好き勝手されると、私が倒れてしまうわ!)

 さっきからずっとシオンの良い香りに包まれてクラクラするし、ふれられている箇所が熱を持って仕方がない。

「シオン、お願いだから、お顔を見てお話しましょう!」
「今日はダメ。本当に無理だから」
「私も、もう無理なんですっ!」
 
 必死に懇願すると、背後から「ふぅ」とため息が聞こえてきた。

「仕方がないね。じゃあ、続きは明日で」

 そう言いながら、シオンはやっと抱きしめていた腕を離してくれた。急いでシオンの膝の上から降りると、フラリと足元がふらつく。

「危ないよ」

 優しくシオンに手を引かれ思わず「だ、誰のせいですか」と涙目で苦情を言うと、シオンは美しい顔をしかめた。

(あ、私ったら失礼なことを言ってシオンを怒らせてしまったわ)

 どうしようと焦っていると、シオンは「そんな可愛い顔は、他所でしたら絶対にダメだよ。もし私以外に見せたら……その相手を消してしまいたくなる」と、ニッコリと上品に微笑んだ。