次の日の朝。リナリアの部屋にメイドが飛び込んできた。
「お、お嬢様、失礼します!」
「どうしたの!?」
リナリアがメイドの慌てっぷりに驚いていると、メイドは手ぶり身振りで窓の外を見るように伝える。二階の窓から外を見ると、そこには黒百合の紋章が入った馬車がとまっていた。
(黒百合は王家の紋章……もしかして)
メイドを見ると「王子様がっ! いえ、殿下、殿下が!」と口から泡を吹きそうになっている。
(そっか。シオン殿下が一緒に登校するために、お迎えに来てくれたのね)
昨日は約束をしないで帰ってしまったので、『どうするのかな?』と気になっていた。
身支度は整えていたので、すぐに部屋から出て一階へと降りてもシオンの姿はなかった。代わりに王家の馬車の御者が「シオン殿下が馬車内でお待ちです」と案内してくれる。
王家の馬車に向かうと、内側からカーテンがかけられていた。その後ろには、馬車を護衛するため馬にまたがった騎士たちの姿もあった。
(ゼダ様はいないのね)
ゼダは学園内だけ王子の護衛を任されているのかこの場にはいなかった。ふと昨日のゼダの言葉が脳内によみがえった。
『もし、シオン殿下が貴方が思っているような方ではなかったらどうしますか?』
(私が思っているシオン殿下でなければ……)
ガッカリするのだろうか? それとも、嫌いになってしまうのか? いくら考えてもシオンを嫌いになる自分は想像ができない。
御者は馬車の扉を開けると「どうぞお入りください」と、リナリアに丁寧に頭を下げた。
「失礼します」
リナリアが、ためらいながら馬車に入ると、シオンが「おはよう」と挨拶をしてくれる。
「リナリア。昨日、ローレルに会ったんだって?」
シオンは心配そうに整った眉を下げている。リナリアは、シオンの向かいの席に座りながら質問に答えた。
「はい、そうなんです。でもどうしてそれを?」
「ゼダが報告してくれたんだ。リナリアに何かあったらいけないから、ゼダにはできる限りリナリアも気にかけてくれるようにお願いしているんだ」
あの場から風のように走り去ったゼダは、その後、離れた場所で様子を見守ってくれていたらしい。
「大丈夫だった?」
「そうだったんですね……。ありがとうございます。私は大丈夫です」
シオンの口からサジェスの話がでないということは、ローレルと別れたあとにゼダはシオンに報告に行ったようだ。
サジェスに暴言を吐かれて半泣きなってしまったことは、恥ずかしいので誰にも知られたくない。『大丈夫よね?』とシオンの顔をうかがうと、シオンがいつもより気だるそうな雰囲気をまとっていることに気がついた。
(あれ?)
シオンの口元は微笑んでいるのに、目が少しトロンとしている。
「シオン殿下、お疲れですか?」
そう尋ねると、シオンは恥ずかしそうに少しうつむいた。
「私は朝に弱いんだ」
そう言いながらシオンは小さくあくびをかみ殺した。いつもは色気が漂う王子様が眠そうにしている予想外の姿に、リナリアは胸を貫かれた。
(眠そうなシオン殿下! 色っぽい上にちょっと可愛いっっ!?)
シオンは、眠そうに目を擦ったあとに、少し涙を滲ませた瞳で「リナリアは、いつも早く登校しているよね。眠くないの?」と聞いてくる。
「はい、私は朝には強いので」
「それなら、私たちが一緒にいれば、リナリアに起こしてもらえるから安心だね」
シオンの言葉を聞いて、リナリアは『それって、どういう状況?』と一瞬疑問に思ったが、カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされた光り輝くシオンに見とれてしまい、すぐにどうでも良くなってしまう。
うっとりと見とれているとシオンは「もしかして、リナリアって、私たちの顔のつくりが好きなの?」と、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「え? 私たち?」
言葉の意味が分からずリナリアが首をかしげると、シオンは自分の顔を指さした。
「リナリアは、私やローレルの顔が好きなのかなって思って」
『ジロジロ見過ぎてバレた!?』と思ったが、すぐにリナリアは首を左右に振った。
「違います! 私はローレル殿下のお顔には少しも興味はありません! ……シオン殿下のお顔は大好きですけど……」
恥ずかしくて最後のほうは小声になってしまう。「同じだよね?」というシオンにリナリアは絶句する。
「リナリア?」
名前を呼ばれて我に返ったリナリアは「ぜんぜん違いますよ!」と叫んだ。
「確かに殿下たちのお顔のつくりは似ていますが、お二人はぜんぜん違いますよ!? 浮かべる表情だってぜんぜん違うし、話し方も仕草も少しも似ていません! それだけじゃないです! 髪の分け目も微妙に違うし、あ、そうそう、シオン殿下は右耳の後ろらへんにホクロが……」
「ホクロ? どこに?」
「ここです。ここ」
リナリアが立ち上がってシオンの右耳を指さそうとすると、馬車がガタリと揺れた。
「きゃっ!?」
シオンに激突するわけにはいかないと、とっさに両手を馬車の壁に突いてなんとか体勢を保った。リナリアの両手はシオンの顔を挟むような格好になっている。
吸いこまれてしまいそうな紫色の美しい瞳が、少し上目づかいにリナリアを見つめている。
(殿下のまつ毛、長い……)
シオンが白い頬を赤く染めながらリナリアの制服を少しつまんで引っ張った。誘われるようにシオンに顔を近づけてお互いの鼻がふれそうになる瞬間に、『コンコン』と馬車の扉が叩かれた。
馬車の外から「殿下、馬車がゆれ悲鳴が聞こえましたがご無事ですか?」と堅苦しい声が聞こえた。馬車の警護をしている騎士の一人が安全確認をしてくれたようだ。
「……大丈夫だよ」
いつもより低い声でシオンが騎士に答えると、シオンはもう一度リナリアの制服を引っ張った。引っ張られて気がついたが、リナリアの顔の目の前にシオンの美しい顔がある。
「~~~っ!!?」
声にならない悲鳴をあげながらリナリアは、シオンから勢いよく離れた。
(わ、私、今、殿下に何をしようとしていたの!?)
騎士が声をかけなければ、シオンの唇を奪っていた。シオンの魅力にやられて完全に頭がおかしくなっている。
(私ったら最低! このケダモノ! 犯罪者!)
リナリアが自分の口を両手で押さえながらシオンを見ると、シオンは馬車の外に視線を向けながらチッと小さく舌打ちをしていた。
「で、殿下……怒ってらっしゃいますよね? 私、今、すみません!」
涙目になりながら必死に謝ると、シオンはフワッと優しい笑みを浮かべた。
「なんのこと? それより、もうそろそろ学園に着いてしまうね」
カーテンの隙間から外を見るとシオンの言葉通り学園が見えていた。それほど長い時間でもないのに、シオンと密室で二人きりは危なすぎる。
「そ、そうですね。殿下、その、明日からは別々に……」
リナリアが『別々に登校したい』という前に、シオンは右手の指を使いながら何かを数えていた。
「六回だね」
リナリアが首をかしげると、シオンは天使のような笑みを浮かべる。
「リナリアが、私を『殿下』や『シオン殿下』と呼んだ回数」
「……あ」
シオンは馬車の中で立ち上がり、リナリアの隣へと移動した。
「お仕置きだね」
お仕置きの意味がよく分かっていないシオンは、キスすることがお仕置きだという。
「殿下……じゃなくてシオン! あのですね、これはお仕置きではなく……」
「リナリア、早くしないと学園に着いちゃうよ?」
キラキラした純粋な瞳を向けられて『いや、これ、私にはお仕置きじゃなくてご褒美ですから。うへへ』という変態発言はできない。困った挙句に、リナリアはまたシオンの手の甲にキスしようとした。
「あ、リナリア。同じ場所はもうダメだよ」
「え?」
「全部違う場所にしてね」
シオンの無邪気なお願いにリナリアは、内心頭を抱え込んだ。
「お、お嬢様、失礼します!」
「どうしたの!?」
リナリアがメイドの慌てっぷりに驚いていると、メイドは手ぶり身振りで窓の外を見るように伝える。二階の窓から外を見ると、そこには黒百合の紋章が入った馬車がとまっていた。
(黒百合は王家の紋章……もしかして)
メイドを見ると「王子様がっ! いえ、殿下、殿下が!」と口から泡を吹きそうになっている。
(そっか。シオン殿下が一緒に登校するために、お迎えに来てくれたのね)
昨日は約束をしないで帰ってしまったので、『どうするのかな?』と気になっていた。
身支度は整えていたので、すぐに部屋から出て一階へと降りてもシオンの姿はなかった。代わりに王家の馬車の御者が「シオン殿下が馬車内でお待ちです」と案内してくれる。
王家の馬車に向かうと、内側からカーテンがかけられていた。その後ろには、馬車を護衛するため馬にまたがった騎士たちの姿もあった。
(ゼダ様はいないのね)
ゼダは学園内だけ王子の護衛を任されているのかこの場にはいなかった。ふと昨日のゼダの言葉が脳内によみがえった。
『もし、シオン殿下が貴方が思っているような方ではなかったらどうしますか?』
(私が思っているシオン殿下でなければ……)
ガッカリするのだろうか? それとも、嫌いになってしまうのか? いくら考えてもシオンを嫌いになる自分は想像ができない。
御者は馬車の扉を開けると「どうぞお入りください」と、リナリアに丁寧に頭を下げた。
「失礼します」
リナリアが、ためらいながら馬車に入ると、シオンが「おはよう」と挨拶をしてくれる。
「リナリア。昨日、ローレルに会ったんだって?」
シオンは心配そうに整った眉を下げている。リナリアは、シオンの向かいの席に座りながら質問に答えた。
「はい、そうなんです。でもどうしてそれを?」
「ゼダが報告してくれたんだ。リナリアに何かあったらいけないから、ゼダにはできる限りリナリアも気にかけてくれるようにお願いしているんだ」
あの場から風のように走り去ったゼダは、その後、離れた場所で様子を見守ってくれていたらしい。
「大丈夫だった?」
「そうだったんですね……。ありがとうございます。私は大丈夫です」
シオンの口からサジェスの話がでないということは、ローレルと別れたあとにゼダはシオンに報告に行ったようだ。
サジェスに暴言を吐かれて半泣きなってしまったことは、恥ずかしいので誰にも知られたくない。『大丈夫よね?』とシオンの顔をうかがうと、シオンがいつもより気だるそうな雰囲気をまとっていることに気がついた。
(あれ?)
シオンの口元は微笑んでいるのに、目が少しトロンとしている。
「シオン殿下、お疲れですか?」
そう尋ねると、シオンは恥ずかしそうに少しうつむいた。
「私は朝に弱いんだ」
そう言いながらシオンは小さくあくびをかみ殺した。いつもは色気が漂う王子様が眠そうにしている予想外の姿に、リナリアは胸を貫かれた。
(眠そうなシオン殿下! 色っぽい上にちょっと可愛いっっ!?)
シオンは、眠そうに目を擦ったあとに、少し涙を滲ませた瞳で「リナリアは、いつも早く登校しているよね。眠くないの?」と聞いてくる。
「はい、私は朝には強いので」
「それなら、私たちが一緒にいれば、リナリアに起こしてもらえるから安心だね」
シオンの言葉を聞いて、リナリアは『それって、どういう状況?』と一瞬疑問に思ったが、カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされた光り輝くシオンに見とれてしまい、すぐにどうでも良くなってしまう。
うっとりと見とれているとシオンは「もしかして、リナリアって、私たちの顔のつくりが好きなの?」と、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「え? 私たち?」
言葉の意味が分からずリナリアが首をかしげると、シオンは自分の顔を指さした。
「リナリアは、私やローレルの顔が好きなのかなって思って」
『ジロジロ見過ぎてバレた!?』と思ったが、すぐにリナリアは首を左右に振った。
「違います! 私はローレル殿下のお顔には少しも興味はありません! ……シオン殿下のお顔は大好きですけど……」
恥ずかしくて最後のほうは小声になってしまう。「同じだよね?」というシオンにリナリアは絶句する。
「リナリア?」
名前を呼ばれて我に返ったリナリアは「ぜんぜん違いますよ!」と叫んだ。
「確かに殿下たちのお顔のつくりは似ていますが、お二人はぜんぜん違いますよ!? 浮かべる表情だってぜんぜん違うし、話し方も仕草も少しも似ていません! それだけじゃないです! 髪の分け目も微妙に違うし、あ、そうそう、シオン殿下は右耳の後ろらへんにホクロが……」
「ホクロ? どこに?」
「ここです。ここ」
リナリアが立ち上がってシオンの右耳を指さそうとすると、馬車がガタリと揺れた。
「きゃっ!?」
シオンに激突するわけにはいかないと、とっさに両手を馬車の壁に突いてなんとか体勢を保った。リナリアの両手はシオンの顔を挟むような格好になっている。
吸いこまれてしまいそうな紫色の美しい瞳が、少し上目づかいにリナリアを見つめている。
(殿下のまつ毛、長い……)
シオンが白い頬を赤く染めながらリナリアの制服を少しつまんで引っ張った。誘われるようにシオンに顔を近づけてお互いの鼻がふれそうになる瞬間に、『コンコン』と馬車の扉が叩かれた。
馬車の外から「殿下、馬車がゆれ悲鳴が聞こえましたがご無事ですか?」と堅苦しい声が聞こえた。馬車の警護をしている騎士の一人が安全確認をしてくれたようだ。
「……大丈夫だよ」
いつもより低い声でシオンが騎士に答えると、シオンはもう一度リナリアの制服を引っ張った。引っ張られて気がついたが、リナリアの顔の目の前にシオンの美しい顔がある。
「~~~っ!!?」
声にならない悲鳴をあげながらリナリアは、シオンから勢いよく離れた。
(わ、私、今、殿下に何をしようとしていたの!?)
騎士が声をかけなければ、シオンの唇を奪っていた。シオンの魅力にやられて完全に頭がおかしくなっている。
(私ったら最低! このケダモノ! 犯罪者!)
リナリアが自分の口を両手で押さえながらシオンを見ると、シオンは馬車の外に視線を向けながらチッと小さく舌打ちをしていた。
「で、殿下……怒ってらっしゃいますよね? 私、今、すみません!」
涙目になりながら必死に謝ると、シオンはフワッと優しい笑みを浮かべた。
「なんのこと? それより、もうそろそろ学園に着いてしまうね」
カーテンの隙間から外を見るとシオンの言葉通り学園が見えていた。それほど長い時間でもないのに、シオンと密室で二人きりは危なすぎる。
「そ、そうですね。殿下、その、明日からは別々に……」
リナリアが『別々に登校したい』という前に、シオンは右手の指を使いながら何かを数えていた。
「六回だね」
リナリアが首をかしげると、シオンは天使のような笑みを浮かべる。
「リナリアが、私を『殿下』や『シオン殿下』と呼んだ回数」
「……あ」
シオンは馬車の中で立ち上がり、リナリアの隣へと移動した。
「お仕置きだね」
お仕置きの意味がよく分かっていないシオンは、キスすることがお仕置きだという。
「殿下……じゃなくてシオン! あのですね、これはお仕置きではなく……」
「リナリア、早くしないと学園に着いちゃうよ?」
キラキラした純粋な瞳を向けられて『いや、これ、私にはお仕置きじゃなくてご褒美ですから。うへへ』という変態発言はできない。困った挙句に、リナリアはまたシオンの手の甲にキスしようとした。
「あ、リナリア。同じ場所はもうダメだよ」
「え?」
「全部違う場所にしてね」
シオンの無邪気なお願いにリナリアは、内心頭を抱え込んだ。