空虚な君に、この栞を

 まるで気配を消しているみたい。人が近づくと違う方向に足を向け、かといってクラスに入る素振りもない。たくさんの人が行き交う廊下の中に、流動的にできる空白部分を見つけては移動している。誰とも話さず、何をするでもなく、動いているだけ。
 そういえばさっきもそうだ。彼は私の両肩を両手で受け止めてくれた。教科書もノートも、何も持っていなかったのだ。なのに人の気配のないあのフロアにいて、授業が始まるギリギリのところで教室に帰っていったんだ。

「あー、あいつ……緒方ってやつだ。」
「光輝、知ってるの?」
「いや、話したことはないけどさ。名前は知ってるよ。有名だもん。」
「有名?」
「そりゃあだってほら、あんなかっこいいもんね。一目ぼれも納得。あたしも惚れちゃいそう。」
「いや、そうじゃなくてさ……。」

 光輝がここまで言いよどむのも珍しい。どちらかというと何も考えずに思ったことを言うタイプなのに。そのせいで今までたくさん喧嘩をしてきたようなヤツだ。

「うんうん。分かるよ光輝くん。菜子とられるの嫌だもんね。」
「ちがっ……いや、違わないけど!とられんのは嫌だけどそうじゃなくて。」

 うんうんと唸る光輝と楽しげなあかりが何か言い合っている間に、彼……緒方君は教室に戻っていった。それと同時に私たちの教室からもひょこっと顔が出てくる。

「おーい。あかりちゃんたち、授業開始前には着席。」

 顔をのぞかせたのは土居くん。受験を控え3年生が引退した生徒会の次の主力として1年生ながら副会長に抜擢された逸材だ。おまけに成績優秀。うちのクラスでは委員長を兼ねている彼が、廊下で話続けている私たちを見かねて声をかけてきたらしい。

「……はーい。」

 緒方くん。名字が分かったと思ったら、次はどんな人なのか分からなくなった。疑問符が浮かぶものの、大人しく土居くんの言葉にしたがって教室に戻った。