「上村」
隣から、低いテノールの声で名前を呼ばれて、ぱっと顔を上げる。
気づけば入学式は終わっていて、他の生徒たちは体育館の出口へと向かっていた。
周りが見えなくなるくらい考えこんでぼうっとしている私の顔を、凪くんは眉をひそめてのぞきこむ。
「大丈夫か」
「え……?」
「ずっと顔色悪い。体調悪いならちゃんと言えよ」
心配そうな表情。
腰をかがめて、手の甲を私の額にそっとあてて「熱はなさそうだけど」と呟いた凪くん。
ポーカーフェイスでなにを考えているか読みとれないけれど、私の様子を見て、心配してくれた……んだよね?
「だ、大丈夫だよ。入学式だから……ちょっと、緊張してた、だけで」
「ならいいけど」
ふ、と軽く口角を上げた凪くん。
一見クールで冷たそうに見えるのに、こんな風にさりげなく心配してくれたりする優しいところ、なんにも変わってないんだな。
そういうところが、ほんとうに────……。
ああ、私、まだ全然。
全然、好きなんだよ、凪くんのこと。
言えない気持ちをぐっと飲みこんで黙ると、しーんと気まずい沈黙が訪れる。