ミントに焦がれるチョコレート 幼なじみは甘くない

 入学式の日、真新しい制服に身を包み、緊張した面持ちの新入生たちが正門をくぐってくる。去年の私も、こんな顔をしてたかな?
 私たち生徒会役員の初仕事は、困って良そうな新入生に声をかけること。

 私は入学式が行われる講堂から出てきてきょろきょととしている女の子を見つけた。何か探しているみたい。

「どうしたの? 誰か探してる?」

 そう声をかけると、女の子は一瞬戸惑ってから、「トイレどこですか?」って尋ねてきた。私は女の子を一号館の一階のトイレに案内する。それから一緒に講堂に戻ると、彼女はちょっとはにかんでから「ありがとうございました」って言ってくれた。

 嬉しい。心の中がぽうっと温かくなる。誰かにために何かができるって、とっても嬉しいことだ。

 入学式が始まって、三次先輩が新入生の子たちにを歓迎の挨拶をしていた。優しい声が講堂中に響き渡る。安心してね、楽しい学校生活が送れるよって、言葉の端々から伝わってくる。

 私は通路側に設けられた役員席に座って先輩の話を聞いていた。二つ隣にはりんちゃんが眠そうな顔をして座っている。二月の中頃から、私はりんちゃんにちょっと避けられていて、登下校も完全無視。ベランダからどんなに声をかけても返事をしてくれない。なんだか、怒っているようにも見える。

 何か嫌われるようなことをしたかなって考えてみたんだけど、全然思いつかなかった。
 なんで怒ってるのって尋ねても「怒ってない」ってすねたような声で返してくるのだ。もう、わけがわからないよ!

 勝手に怒って、理由も教えてくれないなんて。もう、知らない! と、私も絶交状態。こんな調子で、生徒会は大丈夫かな……。

 二年生になって、光だけが違うクラスになってしまった。でも、お昼休憩は一緒にご飯を食べることが出来るので、そんなに寂しくはない。三年生はクラス替えがないので、このまま二年間を過ごすことになる。

「生徒会どう?」

 藤棚でお弁当を広げながら里桜ちゃんが聞いてくる。そう、三月までは話し合いって感じだったけど、四月からは実際にいろいろな行事に関わっていくのだ。

「うん、最初の仕事の入学式が終わって、次はクラスマッチかなぁ」

 クラスマッチっていう単語を聞くと、光と里桜ちゃんは正反対の反応をする。

「やった! 今年の競技なんだろう!」
「クラスマッチかぁ……私ベンチウォーマーがいいなぁ」

 運動神経の良い陸上部の光は基本的にどんな運動も出来る。授業はもちろん、去年のクラスマッチも体育祭も大活躍だった。
 一方の里桜ちゃんは運動が苦手。いつもは凛とした空気の里桜ちゃんだけど、体育の時だけはドジっ子のようになってすごく可愛い。私もどちらというと運動音痴で鈍くさい方だから、活躍は期待はできない。

「他の学年応援に行こうよ! 三次先輩と九条先輩おんなじクラスだったよね?」
「うん」
「じゃぁ応援しやすいね! 三次先輩も九条先輩も一緒に見られるじゃん」
「りんちゃん嫌がりそうだなぁ……シッシッて追い払われそう」

 去年は自分たちのことで精一杯で、先輩たちの試合とかあんまり見られなかったんだよね。今年も私は忙しくなりそうだし、応援行けるかな……そもそも凛ちゃんとは冷戦状態だし。

「りんちゃんに無視されてるんだよねぇ」
「マジで! 喧嘩した?」
「喧嘩した記憶もないし、りんちゃんが機嫌を損ねるような会話をした覚えもないっていうか……二月の中旬からずっと一人で腹を立ててる感じ?」
「ふーん、じゃぁ奈瑠のせいじゃないんじゃない、気にしてたらきりがないよ」
「そうだよね、りんちゃんって基本的にいつも機嫌悪そうだし」

 放課後、生徒会室に集まると会議を始める。議題は各行事、部活の予算とクラスマッチについて。議長の三次先輩が前に立って、みんなが各々自由に発言する。書記の私は黒板を書いたり、議事録をまとめたり、けっこう忙しい。だけど、こういうのって好きかも。

「この前の部長会議で各部活の予算を昨年の状況をもとに予算を組みなおした。異論がなければこのまま先生に提出する」

 りんちゃんがぱさっと予算表を手渡していく。私にだけ渡さずに机に置くってどういうこと? もやもやとした気持ちのままりんちゃんの作った予算表を見る。

 たくさんの数字が並んでいて眩暈がしそうだ。普段適当なりんちゃんも、生徒会の仕事は驚くほどちゃんとしている。すごいなって、素直に尊敬するよ。

 予算案には特に意見が出なくて、議題は終わり。次は三次先輩からクラスマッチについて。

「グラウンドと体育館に限りがあるから、可能な競技としては、グラウンドでソフトボールか野球。体育館でバレーボールかバスケットボール。各競技、一試合の部員の参加枠は二人までね」

 この中から、女子一つ、男子一つの競技を選ぶ。

「去年は男子がサッカーで女子はバレーボールだったよね」

 睦美先輩が去年のパンフレットを見ながら確認してくれる。

「今年はグラウンド競技を女子、体育館の競技を男子かな」
「うわぁ、日焼けしそう」

 睦美先輩がため息を吐いた。確かに、日焼けしそう。睦美先輩は色が白いから焼けたら痛そうだ。その点健康的な小麦色の肌をした私は焼けても大して影響はない。自転車通学って万年日焼けしてるから。

 三次先輩が上手に仕切ってくれるから話し合いはトントンと進んで、競技が決まった。私は黒板に男子バレーボール、女子ソフトボールと書いて、議事録にも残していく。

「ソフトボールは九~十人で一チームになるから、女子は各クラス二チーム。男子は三チーム作ってもらうように学級委員に連絡しておく。パンフレットは山本さんに作ってもらいたいんだけど、睦美も手伝ってやって、去年作っただろ?」
「オッケー、一緒にやろうね奈瑠ちゃん」

 睦美先輩がにっこりと微笑んでくれる。嬉しい、睦美先輩と一緒にできたらすごく心強い。

「はい、よろしくお願いします!」

 本格的に活動が始まるような気がして、私はワクワクした。会議が終わって、睦美先輩と一緒に去年のパンフレットのデータをもとに今年のパンフレットを作っていく。

「ねぇねぇ、広樹君から聞いたよ。バレンタインに奈瑠ちゃんからお菓子もらったって」

 パソコンのキーボードをたたく私の横から、睦美先輩がそんな話をしてくる。私は手を止めて生徒会室内を見回した。幸い三次先輩もりんちゃんも栗栖君も自分の作業に没頭してるみたい。

「そうなんですよ。毎年友達とチョコレートの交換をしてて、今年は生徒会のみんなにも配ろうと思って持ってきたんです。睦美先輩にも用意してたんですけれど、会えなくって渡せなくて……すみません」
 
 私はほんの少しだけ嘘をついた。あの日、先輩がりんちゃんにチョコレートを渡していたところを見てしまったというのは、ちょっと気まずい。
 睦美先輩はきょとんとしたような表情になって、小さな口をほんの少しだけ開いた。

「私にも? ってことは、もしかして九条君にも?」
「りんちゃんにも用意はしてたんですけど、会えなかったから渡せなくって。あ、でも、手作りで、たいしたものじゃないですから……」

 睦美先輩はちょっと拍子抜けしたみたいな表情になる。それから、私の耳元で小さく囁いてきた。

「なんだ、奈瑠ちゃんてっきり広樹君だけに渡したのかと思っちゃったよ」
「いえいえ、それは恥ずかしいですよ」
「え? ってことは、奈瑠ちゃん、やっぱり広樹君のこと好き?」

 睦美先輩がそんなストレートなことを聞いてくるので、私は困ってしまう。思わずオーバーに両手を振った。

「違います違います! あ、あの、それは憧れているだけと言いますか……」

 好きなどと恐れ多い。

「そっか! 私、めちゃくちゃ応援するよ~」

 にっこりと笑う睦美先輩、なんて可愛いんだろう。

「いやいや、本当にそういうんじゃないんです。そ、そういえば、先輩と三次先輩って昔からのお友達ですか?」

 話を逸らせようと、前々から思っていた質問すると、睦美先輩は「うん」ってうなずく。

「私と広樹君、小学校から一緒なんだよ~。家とかも近くって、登下校ずっと一緒だった」
「わぁ、幼馴染ですね!」
「そうそう」

 三次先輩と幼馴染なんて、ちょっと羨ましい。三次先輩はりんちゃんみたいに意地悪なことはしなさそうだ。二人で話していると、三次先輩が話に入ってきた。

「睦美は今でこそこんな見た目になってるけど、低学年の時は男の子みたいだったんだ」
「髪の毛が短かっただけでしょう!」
「いやいや、乱暴だったし。背も高いし、言葉も悪くて」
「そんなことありません!」

 そう言って喧嘩を始めたかと思うと、三次先輩が「冗談だよ」って笑って場を和ませていく。そして私の耳元で「いや、やっぱり本当」って言って睦美先輩に怒られていた。

 なんだか、素敵な二人だなって思う。幼馴染っていいなぁ……って、私にもいるじゃない、りんちゃんという幼馴染が。

 廊下に面した窓際でスマホをいじっているりんちゃんを見る。くるくるって人差し指を小さく回して、ぴっとりんちゃんを指さす。「りんちゃんが三次先輩のように優しくなりますように!」って私はおまじないをかけた。効かないと思うけど。

 夕方、空が赤く染まっていく中、私は桜並木を見上げた。青々とした葉が生い茂り、爽やかな匂いがしてくる。

 自転車をこぎながら小さな声で歌っていると、背後に人の気配を感じて慌てて歌うのを止める。やばいやばい、ついつい歌ってしまう癖をどうにかしないと。

「おい奈瑠」

 近づいてきたのはりんちゃんだった。りんちゃんは私の横に並んで、ゆっくりと自転車をこぐ。いつもなら抜かして行っちゃうのに、今日は珍しい。っていうか、最近こんな風に二人で話したことがないから少し緊張する。明日は雨かな? 春は雨が多いもんね。

「り、りんちゃんお疲れ~」
「さっき梶原と話してたこと本当?」

 私は思わず「え!」と素っ頓狂な声を出す。さっき睦美先輩と話してたことって何!? 色々話してたよ。まさか聞いていたなんて……あれかな、これかな……やっぱり、私が三次先輩に憧れているという、あれでしょうか?

「なんの話しだっけ?」

 とりあえずとぼけておく。りんちゃんに知られていいことがあるはずない。からかわれるのが目に見てるんだから。

「あれだよ、バレンタインの。俺とか、梶原にも用意してたって……」

 言われて「あぁ……」って今度は拍子抜けしたような声が出た。なんだ、あれか。

「うん、ちゃんとりんちゃんの分も用意してたよ。でも渡すタイミングがなくてさ、自分で食べちゃった」

 そう言うと、りんちゃんは小さくため息を吐く。ちょっとホッとしたような表情に見えるのは気のせい?

「食うなよ。それ、俺のなんだろ? 隣なんだからベランダから投げ込めよ」
「いやいや、それはないでしょ」

 なんだ、りんちゃんもブラウニーが食べたかったのかな。

「仕方がないなぁ、そんなに残念がってくれるなら今度作ってあげるよ」
「いらねぇよ」
「え! なんで!」 

 そう思ったけれど、りんちゃんは睦美先輩から美味しいチョコレートをもらったのだろうし、確かに私のブラウニーはいらないだろう。それなら私が食べちゃってもいいじゃない! なんなの!

「そうだよねーりんちゃんは他に美味しいチョコレートもらったんだろうしぃ」

 私はペダルを踏み込む。少しスピードを上げたのだけれど、あっという間にりんちゃんに追い抜かされた。

(おせ)ーんだよ」

 りんちゃんは後ろ手にぱっぱって手を振って走り去ってしまう。むぅ、悔しい。私だって来年にはもっと早くこげるようになるんだから!