ミントに焦がれるチョコレート 幼なじみは甘くない

 珍しく雪がふわふわと窓の外を漂っている。外は寒いけど、暖房の効い教室の中はとっても暖かかった。
 お昼休憩、光と里桜ちゃんと三人でお弁当を食べていると、チョコレートの話になる。

「ねぇねぇ、今年のバレンタインどうする?」

 里桜ちゃんがそう尋ねてきた。去年、小学校で友チョコが流行ったものだから、お母さんと一緒に張り切って作ったのを覚えている。今年も交換したい。何を作ろうかな……。

「私、チロル〜」
「大歓迎~」

 手作りしない派の光は去年もチロルチョコを可愛い袋に詰めてくれた。一つ一つにキモ可愛いイラストを描いてくれて、笑いながら食べた記憶がある。チロルチョコって最高に美味しいよね!

「私、どうしようかなぁ。お母さんと相談する」

 去年は溶かしたチョコレートを可愛い型に流し込んでチョコレートを作ったけど、今年はもう少し手の込んだものを作りたいな。

「奈瑠のはもらうまで楽しみにしてる~。私のも内緒にしとこ」

 里桜ちゃんが何を作ってきてくれるのかも楽しみだ。なんて考えていると、里桜ちゃんがふふふっと意味深な笑みを浮かべてくる。それから、顔を近づけてくるから、私も光も頭を寄せた。なになに、内緒話?

「私、今年は男の子にもあげようかなって思ってるんだ」
「え! うっそ! 本命!?」

 光が大きな声を出すので、慌てて里桜ちゃんがしーっと人差し指を立てる。

「本命と義理チョコ。同じ委員会の先輩あげたいけど恥ずかしいから同じ学年の子にもあげようかなって思って」
「すごーい! 誰!?」

 里桜ちゃんが渡したいのは、同じ図書委員の三年生らしい。もうすぐ卒業しちゃうから最後にプレゼントを渡したいんだって。

「告白するの?」
「しないしない、そういうんじゃないから。憧れてただけだから」
「知らなかった……」

 四月から楽しそうに図書委員をしてるなって思っていたけど、そんなこととは少しも気が付かなかった。里桜ちゃんのコイバナ、もっと聞きたかったかも。

「なかなか話せなくてごめん」
「こういう話って、なかなかできないよね。教えてくれてありがとう」
「奈瑠が三次先輩のことが好きなのは知ってるけどねぇ」
「奈瑠はわかりやすいからねぇ」

 里桜ちゃんと光がケラケラと笑う。私ってそんなにわかりやすいかなぁ。

「奈瑠も三次先輩にチョコレート渡したらいいんだよ! ほら、生徒会役員のみんなにあげたら目立たないじゃん」
「本命ってわかんないと意味なくない?」
「本命っぽいちょっとおっきめの渡したらいいんだよ~」

 なるほどなるほど~ってうなずいていたけど、これって私がやるってことだよね。りんちゃんには毎年あげてるから、その延長線ってことで……

「渡してみよっかなぁ~嫌がられないかなぁ」
「嬉しいに決まってるでしょ!」

 光と里桜ちゃんがそう言って推してくれるものだから、私も渡してみようかなって気持ちになってきた。

 家に帰るとお母さんにチョコレートの相談をする。ブラウニーはどうかって提案してくれた。一度にたくさん作れるし、ラッピングを凝ったりして可愛らしくもできるって。今度の土曜日に材料とラッピング材を買って来ようかな。

 日曜日、買ってきた材料をキッチンに並べた。小麦粉、ココアパウダー、チョコレート、砂糖、バター、卵にクルミ……

 チョコレートを刻んでバターと一緒に溶かしていく。しっかり溶けたら砂糖を卵を加えて混ぜる。最後に小麦粉とココアパウダーを合わせてふるい入れて、さっくりと混ぜる。ナッツも忘れずに混ぜて生地が完成!
 180℃に温めたオーブンで25分焼いたら出来上がりだ。

 焼き上がったブラウニーをオーブンから取り出す。甘い香りに思わずお腹が鳴ってしまう。ちょっと味見をすると、めちゃくちゃ美味しかった。

 一口大に切って、ミントブルーのワックスペーパーでキャンディみたいに包む。チョコミントカラーになった。うん、可愛い!
 包み終わったブラウニーを五つずつ袋のなかに入れて色々な色のリボンを付ける。三次先輩は、水色。優しい空の色。りんちゃんは黒? いやいや、黒なんかないよ、余ってる赤にしよう。

 今日はバレンタイン。私はブラウニーの入った紙袋を提げて自転車をこぐ。寒くて鼻が痛い。きっと赤くなってると思う。

「おい赤鼻の奈瑠」

 いつもの信号でりんちゃんが背中から声をかけてくる。後ろからじゃ鼻が赤いかどうかわかんないじゃん。

「赤くないかもしれないじゃん!」
「ほら、やっぱ赤いな」

 りんちゃんはにっと意地悪な顔をして走り去ってしまう。もう、ブラウニーあげないよ!

 お昼休憩に光と里桜ちゃんと教室でチョコレートの交換会をする。

「光のチロル、今年もブサカワなんだけど!」
「今年も頑張った~」

 チロルチョコになんともいえない表情の犬の顔が書かれている。すごく好き!

「里桜ちゃんの生チョコ美味しすぎるんだけど!」
「苦労したよ~。奈瑠のブラウニーも激うま! 包みも可愛いし、クルミ美味しい~」

 お弁当の後、お菓子を食べられるなんてとっても幸せだ。

「先輩たちもきっと喜ぶね」

 光が小声で私と里桜ちゃんに囁いてくるから、私と里桜ちゃんは互いに頬を染め合ってはにかむ。放課後生徒会室に行くつもりだ。四月からの運営に向けて、役員は毎日集まっている──というのは表向きの名目で、ただなんとなく居心地がよくて集まっている。だから渡せるはずだ。三次先輩にも──

「頑張ろうね」

 里桜ちゃんの言葉に私は「うん!」とうなずいた。なんだかすごく心強い。
 
放課後、生徒会室に向かった。一階から見上げると、三次先輩の柔らかそうな髪の毛が窓から覗いているのが見える。
 
「お疲れ様です」
「山本さん、こんにちは」

 三次先輩は本を読んでいた。栗栖君はいない。部活の方かもしれない。二人にきりになると、急に緊張が走る。ラッキーといえばラッキーだけど、なんでこんな時に限っていないの、凛ちゃん。ちょっとドキドキしすぎるよ。私は視線のやり場に困って先輩が読んでいる本に目を止める。私の好きな作家さんの本だった。

「その作家さん好きなんですか?」
「え? うん、そう。読み始めたら止まらなくなる」
「わかります! 私も好きで、色々読みました!」
「本当!? 何読んだ?」

 先輩と本の話をしていると、すっかり盛り上がってしまった。好きな本が被っていて驚く。

「今度俺のお薦めの本貸すよ。感想とか話し合いたいかも」
「私も持って来ます!」

 嬉しい。なんだかすごく距離が近くなったような気がした。私は鞄からブラウニーの包みを取り出す。

「これ、バレンタインのチョコレートです。あの、友達と交換とかしてて、生徒会の皆さんにもと思って!」

 先輩、受け取ってくれるかな……恐る恐る視線を上げると、三次先輩は嬉しそうに頬を緩めていた。

「わぁありがとう! すごい良い匂い」
「ブラウニーなんです。簡単で、私にも作れたから」
「手作り? うっわめっちゃ嬉しい。ありがとう!」

 すごく嬉しい。心の中がぽうっと熱くなる。それからなんだか二人っきりでいるのがまた恥ずかしくなる。

「あ、あの、部室棟の方にも行ってきますね」
「うん、明日本持ってくるね」
「私も!」

 顔が熱い。私は熱を冷ますように部室棟まで走る。栗栖君は将棋部にいるはずだ。部室棟に入ろうとしたら、藤棚の方から声が聞こえた。ちらっと睦美先輩の背中が見える。良かった、チョコレートを渡せる! そう思って声をかけようとした瞬間、睦美先輩が何か包みを持った手を伸ばした。

「受け取ってほしいの。九条君だけに渡そうって思ってたから」

 私は慌てて部室棟の中に駆け込んだ。なんだか、見てはいけないものを見たような気がした。あれって、やっぱりチョコレートだよね。りんちゃんだけってことは、やっぱり二人は付き合ってる? 
 ううん、生徒会室での雰囲気とか見てるとそんな感じなかった。ってことは、今はまだ付き合ってないけど、睦美先輩は、りんちゃんのことが好き――?

 二人は付き合ったりするのかな。去年の文化祭の時に一緒に登校したりしてたもんね。すでに両思いなのかも。
 なんだか、不思議な気分だ。どんどんりんちゃんの背中が遠くなっていく気がする。知らないりんちゃんが増えていく。なんか、少し、ほんの少し寂しいかも。
 なんで、こんな気持ちになるんだろう。おかしいよ、私――。

 結局、三次先輩以外には渡せないまま。持って帰ったブラウニーを自分で食べた。あんなに美味しかったはずなのに、あとから食べたブラウニーはあんまり味がしなかった。