ミントに焦がれるチョコレート 幼なじみは甘くない


 うー! 寒い寒い! 布団の中にマシュマロが入ってきた。温かくて離したくない……モゾモゾとするを布団から出られないでいると、リビングからお母さんの声が響く。

「奈瑠! 早く起きなさいよ!」

 もう、どうしてお布団はこんなに気持ちがいいの? 意を決して飛び起きる。今日は生徒総会の日だ。気持ちを切り変えないと!

 私は窓を開けてベランダに出る。あまりの寒さにマシュマロはリビングに逃げていってしまった。冷たい風に縮こまりそうになる体をぐっと伸ばして深呼吸。

「よし、頑張るぞ!」

 身支度を整えてからご飯を食べると、コートを着て、マフラーをぐるぐると巻いて、扉を開ける。ひんやりとした空気に思わずマフラーの中に顔をうずめた。寒さで鼻が赤くなっちゃう。

 自転車をこぐ足もどことなくゆっくりになる。いつもの信号で背中をドンっと叩かれた。

「おい、腹から声出せよ」
「わかってるよー」

 信号が青に変わる。りんちゃんはペダルをこいで、一気に駆け抜けていく。背中が遠い。
 文化祭が終わってから、りんちゃんは今までと同じ時間に家を出るようになった。いつもこの信号で追い抜かれる。ここで会うんだから一緒に行ってくれたらいいのに。

 垣根にピンク色の大きな花が咲いている。冬は枯草ばっかりで寂しいような気がしていたけど、よくよく周りを見てみるといろいろな花が咲いていることに気がつく。目立たない場所でも、一生懸命花を咲かせている。どの花も素敵だ。
 
 学校が近づくたびにドキドキと心臓がうるさく鳴り始めた。そうそう、昨夜嬉しいことがあったのでした。三次先輩から頑張ってのメッセージが届いたのだ。「山本さんらしくそのままで」って書いてあった。先輩の方から送ってくれるなんて思っていなかったから驚きすぎて、「ありがとうございます」って返すだけなのに何度も何度も打ち直した。

「悔いを残さないように、後悔しないように、一生懸命やってみよう。私は、私らしく」

 学校につくとローファーを脱いでひんやりと冷えた上履きに足を入れる。ぶるると体が震えた。

 教室に荷物を置いてから、光と里桜ちゃんと連れ立って講堂に向かう。春には綺麗な桜を咲かせる木々が、今は寒そうに葉を散らしていた。枯れ葉を踏むと、カシャカシャと音を立てる。

「いよいよだね、応援してるからさ。緊張したら私らの顔見たらいいよ~」
「光が変顔してるって」
「それ笑っちゃうじゃん」
「それくらいでちょうどいいんだよ~」
「もう、ふざけてると思われるよ〜」

 講堂は戦前から残っている古い建物で、夏は暑くて冬は寒い。唯一の暖房設備は持ち運び式の灯油ストーブで、点々と置かれているストーブの周りだけが暖かい。
 私は二人と別れて壇上のわきに集まる。三次先輩と梶原先輩が笑顔で迎えてくれた。二人とも超素敵。りんちゃんはぶすっとしている。一年生は私の他に一人だけ。確かB組の栗栖(くりす)君。たしか将棋部に入っていて、部室が隣だから何度か見かけたことがあるけど、話したことはない。穏やかな顔立ちの知的で優しそうな男の子だ。

「まずは君たち一年生の挨拶からだから」

 三次先輩が私と栗栖君を壇上に促す。

「まずは栗栖君、後から山本さん。そのあとに私たち二年生が続くから、二人とも頑張って!」

 梶原先輩がにっこりと微笑んで応援してくれる。足が、震えてきた。私は横に立つ栗栖君の横顔を見る。あんまり緊張しているみたいに見えない。羨ましすぎる……。

「これから次期生徒会役員の紹介を始めます」

 梶原先輩の言葉で、私は階段を上る。足が震えた。たくさんたくさん練習したのに、あがり症が発動して人前に立つだけでこんなにも足が震えてしまう。
 私の横に立つ栗栖君はマイクに向かって口を開いた。ゆっくりとはっきりと、一言一言大切に言葉にしているのが伝わってくる。見た目よりも声が低い、もう声変わりしはじめてるみたいだ。そういえば、りんちゃんの声も昔よりずっと低くなったような気がする。

 私の番が来た。ドクンドクン、心臓が今まで立てたこともないような大きな音を立てる。全生徒がこちらに注目しているのが見えた。突然、頭の中に声が聞こえてくる。

『変な声』

「わ……」

 声が出ない。どうしよう。一生懸命考えてきたのに。練習してたのに……! ドクンドクン、心臓の音がうるさいよ。お願い止まって!

 私は彷徨うようにみんなを見回す。光と里桜ちゃんが心配そうな顔でこちらを見ているのが目に入った。光、変顔してよ……そんな心配そうな顔で見ないで。逃げたい、どうしよう……!

 怖くなってぎゅっと目を閉じと、隣からささやき声が聴こえた。誰? 緊張しすぎて誰の声がわからないよ。

「大丈夫、下手くそでいい、でかい声で。誰も笑わないから」

 りんちゃん――? でかい声、でかい声。私はすうっと息を吸い込んだ。

「私は一年A組の山本奈瑠です」

 一言話してしまうと、心臓のドキドキが落ち着いてくる。ドクン、ドクン、ゆっくりと落ちつきを取り戻し始める。
 
 たくさん練習したじゃない。負けるな私! 私は、私らしく――。

「手芸部に所属しています。文化祭で、私の作った作品を受け取った人が笑顔になることがとても嬉しいと感じました。学校生活でも、みなさんの喜ぶ顔が見たいなと思います。生徒会役員として、私にできることを一生懸命やり、皆さんを笑顔にできる運営をしていきます。よろしくお願いします」

 言い終わって深く頭を下げる。自分でも驚くほど大きな声が出た。どうにか言い終えると、へなへなと力が抜けてしまう。駄目だ、しっかりしなくちゃ。

 次はりんちゃんだ。りんちゃんはぴんと背筋を伸ばして、礼をする。なんだか、いつものダラダラとしたりんちゃんと違う。別人みたい。

「二年A組の九条凛太郎です。一年間生徒会役員として活動してきました。とてもやりがいのある一年間で、とても楽しかった。ですが、まだまだやり残したことがたくさんあります。文化祭、体育祭、クラスマッチなど、各委員会とも協力し、もっともっと充実した学校生活を提供します。よろしくお願いします」

 嘘、りんちゃん、すごく格好いい! そう思っていると、隣に立っていた梶原先輩がりんちゃんと入れ替わりにマイクの前に立つ。一言二言言葉を交わして、梶原先輩がりんちゃんの肩にそっと手を置いた。りんちゃんはそのまま三次先輩の隣に戻る。
 なんだか大人っぽいやり取りだ。梶原先輩は本当に大人っぽい。一つしか違わないなんて思えないよ。
 梶原先輩の挨拶が終わって、最後に次期生徒会長の三次先輩がマイクの前に立つ。

「二年A組の三次広樹です。昨年生徒会に携わり、もっともっと運営に携わりたいという思いが大きくなりました。生徒会長として、生徒主体の学校生活をより充実したものにします。よろしくお願いします」

 三次先輩の存在感はすごい。いつもは柔らかい空気を纏っているのに、人前に立つとがらっと変わる。めちゃくちゃオーラを感じるよ。この人なら、任せられる。そんな空気を放っていて、私は息をのんだ。先輩と一緒に、生徒会を運営したい。

 全校生徒の大きな拍手で全校集会は終わった。

「奈瑠があんなに大きな声を出せるとは思えなかった~めっちゃ心に響いたよ~」
「はじめはどうなることかと思ったけどめちゃくちゃ格好よかったよ!」

 里桜ちゃんと光が私に囁いてくれる。やり切った感がすごいけど、大切なのはこれからだ。
 このあと、新生徒会役員の集まりがある。

「先輩と仲良くなっておいで!」
「もう、そんなやましい気持ちで生徒会にはいるんじゃないんだからね!」
「え〜真面目。少しくらいそういう気持ちがあったってバチなんか当たらないよ」

 そういう光と里桜ちゃんに送り出されて、私は生徒会室を目指した。

「かんぱーい!」

 私は合図に合わせて手に取った紙コップを遠慮がちに持ち上げる。初めて入る生徒会室に、緊張してしまう。

「みんな、一年間よろしく!」

 生徒会長の三次先輩が爽やかに微笑む。先輩の笑顔が眩しすぎる……その隣に可愛すぎる梶原先輩。その横にいつもの表情の乏しい凛ちゃん。そして栗栖君、私――。

 これから生徒会役員としての責任を背負うのだ。そう思うと手が震える。怖さじゃない。これは武者震いというやつだよと自分に言い聞かせる。
 それにしても……本当に入ってしまった。入ることが出来てしまった。隣の栗栖君がにっこりと微笑む。

「君、手芸部だって言ってたよね。僕は隣の将棋部なんだ」
「知ってる! 廊下で見かけたことあるよ」
「僕もある、きちんとしてそうな子だなって思ったけど、まさか一緒に生徒会役員になるとは思わなかったよ。よろしく」
「こ、こちらこそ」

 そんな風に知らない子に認識されていたなんて驚きだ。私のことなんて、誰も気にかけていないって思ってた。

「俺が会長、副会長は睦美、会計が凛太郎。それで書記を山本さん、広報を栗栖君にお願いしようと思う。良いかな? 何か質問あるかな?」

 私はこくんこくんとうなずいた。それから「あの」と手を挙げる。見れば隣の栗栖君も手を挙げていた。互いにふふっと笑い合って、どうぞって譲り合う。

「じゃぁ山本さんから先に、どうぞ」

 指名された私は、頭に浮かんだ問いを口にした。

「書記の仕事って具体的になんでしょうか? あの、黒板に書いたり……?」
「うん、あと議事録っていう、会議の記録を書いてもらえるかな? 今まで睦美がやってたからいろいろ教えてもらうと良いよ」
「よろしく奈瑠ちゃん~」

 にこにこと微笑む梶原先輩に、私はよろしくお願いします、と微笑み返す。栗栖君も広報の仕事内容が気になったみたい。広報は去年りんちゃんが担当してたんだって。広報誌を作って掲示板に貼ったり、配布したりするらしいんだけど、そんなマメなことをりんちゃんがしていたなんて意外過ぎる。

「とにかく、難しい話は今度にしよう! 今日は親睦会! 先生の許可ももらってお菓子も買ってるからいろいろ話そう。これから一年間五人で仲良くやろうな」

 なんだか、とってもワクワクしてきた。りんちゃんが言っていたみたいに楽しくなりそう。梶原先輩や栗栖君とも連絡先を交換することが出来た。梶原先輩が私のことを「奈瑠ちゃん」って呼んでくれるのも嬉しい。

「私のことも名前で呼んで! 睦美って」
「睦美先……輩?」
「そうそう、それで頼むよ~」

 キラキラとした笑顔を見せる睦美先輩。私と一年しか違わないとは思えないくらい大人っぽい。ほんのり色づいているリップのせいかな? スラっとしたスタイルのせいかな? とにかくとっても綺麗。睫毛も長くて、目も大きい。近くで見つめられると変にドキドキしてしまう。憧れちゃう。

 それから五人で色々話したりして、睦美先輩と三次先輩が優しく話しかけてくれるから、引っ込み思案な私もすっかり打ち解けることが出来た。

 家に帰ると私は自分の部屋の壁に耳をつけて、凛ちゃんの物音を探る。がさがさと動いている音が聞こえて、私は壁をトントンって叩いた。それからコートを着たままベランダに出る。

「りんちゃーん!」
「なんだよ」

 ぶすっとした声でりんちゃんがベランダに出てくる。私は仕切りをちょっと押して顔を出した。

「りんちゃん今日はありがとう!」
「おー悪くはなかったな」
「りんちゃんが褒めてくれた! 明日雨じゃん、雪かも!」
「おまえな……」

 今日は気分がいいので何を言われても腹が立ちません。これからの生徒会活動のことを考えると、ワクワクしている自分がいるなんて、少し前までは考えられなかったけど、現に私はワクワクしている。

「楽しみだね!」
「……そうだなー」

 一緒に空を見上げる。お月様が真ん丸だった。来年度が来るのが待ち遠しい。これからちょっとずつ生徒会室に集まるみたいだけど、本格的に始動するのは四月から。