ミントに焦がれるチョコレート 幼なじみは甘くない

 校内の桜並木に蕾が膨らみ始めた。今日、凛ちゃんはこの学校を卒業する──

「最高学年って緊張するよね」

 講堂で一緒に卒業式の段取りを確認していた栗栖君が突然そんなことを言う。今日、三年生を送りだしたら、私たちが最高学年になるのだ。

「栗栖君生徒会長だしね二年間ってあっという間だったね」
「色々あったけど終わるとあっという間だよね」

 入学して、三次先輩に憧れて、勧められた生徒会に入って、りんちゃんへの気持ちに気がついて――悩んで、苦しんで、笑って、泣いて――駆け抜けるような二年間だった。
 
「楽しかったなぁ」

 最後に残る言葉はやっぱりそれだ。辛いこともあったけれど、楽しかった。どんなこともやって良かったって思える。

「来年もよろしくね山本さん」
「こちらこそ」

 一年生の時から、栗栖君はぐっと背が伸びて、声も少し低くなった。
 男の子の成長は著しい。目に見えて大きく変化するから、驚いてしまう。

 りんちゃんだって、この二年で背が伸びて、声が低くなって──本当に素敵な男の人になった。ドキドキするのは当たり前だよね──

 どうか、私を置いていかないでって祈らずにはいられない。りんちゃんのことを好きな分だけ、私はきっと不安になる。
 どうしたら良いんだろう。りんちゃん、まだまだわからないことがたくさんあるよ──!

 私の進行で、卒業式が進んでいく。もう、マイクに向かって話すのだって大丈夫だ、私には、りんちゃんが持たせてくれた勇気と自身があるから。

 送辞は栗栖君、答辞は三次先輩──バトンを渡すように、受けとるように、言葉を贈り合う。
 りんちゃんと一緒に過ごした生徒会が、終わる──。

「──卒業生代表、三次広樹」

 思わず涙がこぼれた。ダメだ、最後まで笑顔で送り出したい。私の、大切な人たちを──。

 りんちゃんの姿が視界に写る。いつになく真剣な面持ちのりんちゃんと目が合うと、ふって笑ったように見えた。
 りんちゃんありがとう。ずっと私を支えてくれて──。

 卒業式はつつがなく終わり、片付けを終えた私は里桜ちゃんや光と一緒に仲良い先輩たちと写真を撮ったりしていた。

「奈瑠、帰るぞ」

 友達と談笑していたりんちゃんが、私のところへやってくる。誕生日プレゼント、いつ渡したらいいんだろう――って悩んでるうちに、卒業式になっちゃったよ。

「里桜ちゃん、光またね!」

 私は二人に手を振って、りんちゃんの後を追った。駐輪場で自転車を拾って、並んで自転車をこぐ。りんちゃんの大きな背中が、私の少し前を走っていく。前みたいにそのままスピードをあげたりしない。
 やっと、横に並ぶことが出来たような気がした。今日、りんちゃんは私にどんな話をしてくれるんだろうって思ってたのに――。

「着いたな」

 って、何も話さないまま家まで帰ってきちゃったよ! ドキドキしていた私の気持ちを返して……!
 エレベーターのを降りて、「じゃあな」って家に中に入る。りんちゃん、私と話しをするって言ってたこと、忘れちゃったのかな?

 もやもやしたままマシュマロを抱きしめる。ふわふわとした冬毛が気持ちがいい。
 そろそろ寝ちゃおうかなとベッドに横になっていると、壁がドンドンって叩かれた。私はバッと起き上がって、ベランダに出る。りんちゃんがベランダの仕切りを外してこちらを覗き込んでいた。

「覗き厳禁!」
「いいだろうが、減らないだろ」
「減ります!」

 って言い返したけど、何も減らないかも。

「バレンタインの話の続き」

 りんちゃんは唐突にそう言って話し始めた。待って! 心の準備ができてないよ! ううん、違う、準備はずっとしてきたけど、全然整わなかっただけ。

「奈瑠、俺、もともと引っ込み思案のおまえが、つまらないことでもっともっと人前を怖がるようになったのがさ、歯がゆくて仕方がなかったんだ。奈瑠に自信を持たせたかった」

 夜空のように深い色をしたりんちゃんの瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。その瞳の中に、きらきらと星のように輝く光を見つけた。

「強引なりんちゃんのおかげで克服できたよ。あがり症、治せそう」
「強引にでも引っ張らないと、おまえ殻に閉じこもったままだったろ?」

 私、そんなに怯えてたかな? ちょっと笑うと、りんちゃんは不機嫌そうな顔になる。

「笑うな」
「ごめん、嬉しくって。りんちゃん、私ね、ずっとりんちゃんに守られてたのに、気が付かなかったんだ。鈍感でしょう?」

 あまりに優しく包んでくれるから、鈍感な私じゃ気づけなかった――。

「いいんだよ、それで。でもおまえが広樹のことを好きになったのは誤算だった。マジかよって、おまえ、惚れっぽすぎ」
「だって、三次先輩が困ったところで助けてくれたから……。でもね、後からりんちゃんに頼まれたって聞いたんだけど……」

 そう言うと、りんちゃんは真っ赤になって左手で顔を抑えた。りんちゃんが照れたときの癖だ。

「マジかよ……なんで知ってんだよ」
「三次先輩が教えてくれた」

 「あいつ、余計なこと言いやがって……」ってりんちゃんが小さな声でつぶやく。

「全部りんちゃんのおかげだよ。私。三次先輩のことが好きなわけじゃないってやっと気が付いた。そうしたらりんちゃんのことばっかり気になって……」
「それ、いつから?」
「去年の体育祭のあと……くらいかな?」
「おっそ」

 りんちゃんが不機嫌そうな声を出す。そんなこと言ったって仕方ないよ。

「体育祭のあと、りんちゃんが睦美先輩と付き合ってるかもって思ったら苦しくなって、文化祭のバンドも、私は睦美先輩の代わりかもって……」
「バカ、そんなわけねぇだろ……俺の苦労も知らないで勘違いばっかしやがって……」

 ため息を吐くりんちゃんに、私はふふって笑みを漏らす。りんちゃんの「バカ」はとっても優しい音なの。

「小三のおまえが文化祭で歌えなくなって。すげぇ腹が立った。誰にだって失敗くらいあるだろう? それなのに色々言いやがって。後で締めといてやったからな」
「え? それってクラスの男の子たち?」
「そう、めっちゃ叱っといた」

 りんちゃんは頷く。私をからかっていた男の子たちは、一週間くらいで何も言わなくなった。あんなにからかって来たのにって、里桜ちゃんと首をかしげたのを覚えてる。

「あれ、りんちゃんのおかげだったんだね。ありがとう」
「別におまえのためとかじゃねぇから。俺が腹が立っただけだから。そいつ、おまえのこと好きそうだったし」
「うそ!」
「バーカ、本気にすんなよ」

 りんちゃんはツンデレだ。

「おまえに自信を持たせたくて、人前を恐れないようになってほしくて、どうしたらいいかってずっと考えてた。色々荒療治だなって思ったけど、乗り越えてくれて良かった」
「私、りんちゃんにずっと守られてたんだね」

 ずっとこの優しくて大きな腕に守られていたのだ。

「あの歌、おまえに贈るつもりで作ったから」
「あの歌って?」
「文化祭のやつ。おまえのこと考えながら書いた」
「うっそ!」

 アップテンポで爽やかなメロディにどこか切ない歌詞――大好きな歌だ。今だって毎日聴いてるくらい。私のための曲なんて――嬉しすぎる。

「あれ大好き、毎日聴いてる」

 りんちゃんは首筋をかく。照れてる? 私の顔も熱いよ。

「睦美先輩のために書いたんじゃないかって勘違いしてた」
「だから、なんでそうなるんだ」
「だって、両思いだと思ってたから!」

 困ったような、怒ったような顔――この表情も好きだ。私は、りんちゃんのことが好き。大好き!

「俺が好きなのはおまえだけだから」
「うそ……」

「奈瑠、おまえが好きだ」

 りんちゃんは真っ直ぐに私を見る。

「本当はバレーボールの大会で優勝したら告白しようって思ってたんだ。それなのに優勝出来なくて凹んだな」

 心臓が、ドキドキドキドキってものすごい速さで動いてる。嬉しすぎて、死んでしまいそう。頬を、温かい涙が伝う。

「私も、りんちゃんのことが大好き」

 やっと言えた。私の気持ち――

 頬に触れる手が温かい。滲む視界に写る凛ちゃんはとっても優しい顔で微笑んでいる。こんな表情、滅多に見られないよ。

「今、誕生日プレゼントもらうから」
「今? ちょっと待って、持ってくる――」

 完成したネックウォーマーを取りに部屋に戻ろうとした私の腕をりんちゃんが掴む。

「目ぇつぶって」
「え?」
「早く」
「うん……」

 これって――私は頭の中で漫画のシーンを思い浮かべる。ドキドキ、ドキドキって耳の奥に心臓の音がうるさいくらいに響き渡る。
 私が目を閉じていると、おでこに弾かれたような痛みが走った。驚いて目を開けると、りんちゃんがにっと意地悪な顔をしている。

「りんちゃん! 今デコピンしたでしょ!」

 お腹を抱えて笑い声をかみ殺すりんちゃんに、怒りがふつふつと湧いてくる。期待した私がバカみたいじゃない! 期待って――なに期待してたんだよぅ。考えただけで顔が熱くなる。

「奈瑠、怒るなよ」
「怒るよ」
 
 りんちゃんをキっと睨んでから、私はそっぽを向いた。

「奈瑠、悪かったよ。おまえ怒ると可愛いから」
「もう謝ったって知らないんだから! って?」

 今、なんて言ったの? 思わず顔を上げてりんちゃんを見ると、頭の後ろにりんちゃんの手が当てられる。そのまま、唇に柔らかい感触を感じた。鼻を抜けるミントの香り……。

 全身が瞬時に熱くなる。

「おやすみ、奈瑠。風邪ひくなよ、また明日」

 体を離したりんちゃんは、暗い夜空の下でもわかるくらい真っ赤な顔をしていた。そのまま優しく笑って部屋の中に戻っていく。

「お、おやすみ……」

 一人ベランダに残った私は、たった今までりんちゃんの唇に触れていた自分の唇に触れてみる。
 少しだけ、りんちゃんの温もりが残っているような気がした。

 ミントみたいに辛口なのに、ふとした瞬間にチョコレートみたいに甘い――りんちゃんは、本当にチョコミントみたいだ。私の好きな人。

 見上げた空の星が、いつもよりキラキラと輝いて見えた。今夜のことは、きっと一生忘れられない。
 私はまだまだ興奮したままの心を抱えて自分の部屋に戻った。

 翌日、身支度を整えていると朝早くにコンコンって壁をたたく音がした。

「りんちゃんだ……」

 昨夜のことを思い出すと顔が熱くなる。どんな顔をしたらいいのかわからず、私はしばらくベランダに出られずにいた。すると、もう一度コンコンって壁がたたかれる。私はあわてて髪の毛を梳かして、リップクリームを塗った。鏡に向かって少し微笑む練習をしてから、ベランダに顔を出す。

「お、おはよ」
「おせーよ、寝てたのか?」

 私の心臓は今にも爆発しそうなくらいバクバクと音を立てているというのに、りんちゃんはいつも通りだ。りんちゃんにとっては、なんてことないことなのかな……って、少し悲しくなる。

「おい奈瑠」
「は、はい」
「今日学校終わったら迎えに行くから」
「え……迎えに来てくれるの? なにか用事がある?」

 私が首をかしげると、りんちゃんは少し不機嫌な声を出した。

「悪いかよ。か、彼氏なんだから、迎えに行ったっていいだろ?」

 彼氏……! そうか、りんちゃんは私の彼氏になったのか! ということは……。

「りんちゃん、私のこと彼女だと思ってくれてる?」

 恐る恐るそう尋ねると、りんちゃんは顔を赤くしてそっぽを向いた。

「な、なんだよ、当たり前だろ! もしかしておまえ、違うと思ってるのか?」
「いや、その……えぇっと……」

 昨日りんちゃんに告白して、お互いに両想いにはなったけど、付き合おうって話にはならなかったよね。なんて考えていると、ため息が聞こえてくる。

「なんだよ、面倒くせぇな。全部言わないとわかんねぇのかよ」
「わ……わかんないよ……わかるわけないよ。だって、好きになったのも、付き合うとかっていうのも、全部りんちゃんが初めてなんだから!」

 私は悲しくなって自分の部屋に戻った。りんちゃんにとっては当たり前のことかもしれないけれど、私には全部が初めてなのだ。
 そう考えたら急に不安が襲ってきた。もしかしたら、私が知らないだけでりんちゃんにとっては私は初めての彼女ではないのかもしれない。

 いつもよりも早くに家を出て、学校につくと机の上に突っ伏した。

「あれ、今日は早いね奈瑠」
「……おはよう里桜ちゃん」

 里桜ちゃんが自分の席に荷物をおいてから、私の前の席に座る。

「なにかあったな」
「色々ありすぎた」

 まだ教室の中には私と里桜ちゃんしかいない。私は昨夜のことから今朝のことまでをかいつまんで里桜ちゃんに話した。

 途中途中で里桜ちゃんが小さな悲鳴を上げる。

「九条先輩超格好いいじゃん!」
「昨日の夜はね。今朝はいつもの意地悪りんちゃんだった」

 昨日の夜は魔法がかかってたんじゃないかって思う。キラキラと輝く星が、りんちゃんに魔法をかけてたんだ。

「さっそく喧嘩なんかしちゃって、仲良すぎ」
「全然仲良くないよ〜。わかんないこと多すぎて困ってるの」
「あはは、可愛い」
「可愛くなーい! 全然可愛くないよ、私なんか、こんなんじゃすぐにりんちゃんに振られちゃうんだ」
「そんなことないと思うけどなぁ。ほら、わからないなら素直にわからないって言ったらいいじゃん?」
「面倒くさいって嫌な顔されそう」
「面倒くさくていいんだよ。物分りいいふりする奈瑠なんて、逆に九条先輩嫌がると思うなぁ」
「りんちゃんのことがどんどんわからなくなる……」

 そもそも、りんちゃんのことがわかっていた時期なんか一度もない気がするけど。

「迎えに来てくれるんでしょ?」
「……喧嘩したから来ないかも」

 クラスの子たちがぞろぞろと教室に入って来始めたのでりんちゃんの話はそこまでになる。
 放課後が来るのが怖い……りんちゃん、来てくれるのかな。こんな面倒くさい私のことなんか、嫌になっちゃったかもしれない。
 そう思うと気持ちが雨雲のようにどんよりと黒くなってくる。
 浮かない気持ちのまま一日を過ごしていたら、ついに放課後になってしまった。

「私手芸部によって帰るけど、奈瑠はまっすぐ帰った方がいいよ」
「りんちゃん、来てるかな……」
「来てる来てる、じゃあね~」

 里桜ちゃんに手を振って別れてから、靴箱で靴を履き替えていると「先輩!」と明るい声がした。同じ生徒会役員の神崎君だ。人懐っこい性格の子で、すでに生徒会役員に馴染んでいる。

神崎(かんざき)君、今から帰り? 部活は?」
「今日はお休みなんすよ、先輩も手芸部ないんすね」
「うん、今日はちょっと……」

 彼氏が迎えに来ているから、っていいにくい。そもそも迎えに来てるかどうかも怪しいし。

「これから一緒にクレープ食べて帰りません? 公園にクレープの販売カー来てたんすよ!」
「クレープ!」

 クレープ食べたい! だけど、私は首を横に振った。クレープは、りんちゃんと食べたいかも。

「ごめん、クレープ食べたいけど、一緒に食べたい人がいるから。今日は帰るよ」

 私が答えると神崎君は「ありゃりゃ」と残念そうなジェスチャーをした。

「振られちゃったなぁ。あれでしょ、あの会計だったカレシと食べたいんでしょ? 九条先輩だっけ」
「うん、ちょっと今喧嘩中だけど……」

 あはは、と情けない笑いが漏れる。

「なんか独占欲強そうな人でしたもんねぇ。先輩も大変っすね。あ、噂をすれば! 俺、殴られたらいけないんでここで」

 神崎君はそう言って正門を出るとひらひらと手を振って別の道に行ってしまう。

「またね!」

 って手を振り返すと、正門から少し離れたところにりんちゃんが待っているのが見えた。
 なんか制服じゃないりんちゃんを学校のそばで見るのって新鮮かも。
 りんちゃんって、改めて見ると格好良いよね。

「迎えに来てくれたんだ。喧嘩したのに……」
「喧嘩なんかしてねぇだろ。おまえが勝手に怒っただけだろ。ってか誰だよ今の」

 りんちゃんは不機嫌そうに神崎君が帰っていった方を視線を向けた。

「一年生の神崎君。生徒会役員だよ」
「あんな奴もいるのかよ、おまえ、ガードゆるゆるだから気をつけろよ」
「どういうこと?」
「そういうところだよ」

 わからない。りんちゃんが言っている言葉が、私には全然わからないんだ。

「帰るぞ」

 りんちゃんは不機嫌そうにそう言って、私の自転車を押して行ってしまう。

 待って……!

「ま、待ってりんちゃん!」
「なんだよ」
「りんちゃん、私にはわからないんだよ。りんちゃんが当たり前だて思ってることが、たぶんわかってない」

 私の言葉にりんちゃんは立ち止まった。振り向いてくれない背中に、私は必死に話しかける。

「私、こうやって両思いになるのとかはじめてだだから、付き合ったりとか、わからないことばっかりで……りんちゃんに呆れられちゃうかもしれないけど……面倒くさいって思われちゃうかもしれないけど……」

 言葉と一緒に涙が出そうになる。ここで泣いたら、また面倒くさいって思われるかもしれないのに……。涙が、一筋頬を伝う。

「ごめんねりんちゃん……」

 面倒くさくてごめん。でも、こんなままじゃだめなんだ。きちんと、伝えなきゃいけない。お願い、どうか嫌いにならないで……。

 思わず顔を両手で覆うってしまう。りんちゃんの顔を見るのが怖い。

「奈瑠」

 いつもよりも、優しい声が私の名前を呼ぶ。

「奈瑠」

 りんちゃんの大きな手が、私の頭を撫でた。思わず両手をずらしてりんちゃんを見ると、りんちゃんの方も泣きそうな顔をしている。

「ごめん奈瑠」
「りんちゃん……」
「面倒くさくなんかない。おまえのことが、面倒くさいわけない。ごめん、なんか恥ずかしくなってあんなこと言った。……なんか俺だけが浮かれてるような気がして」

 今にも泣き出しそうなりんちゃんの顔を見ていると、りんちゃんも私と同じように不安だったのかもしれないって思えてきた。

「りんちゃん、私不安だったんだ。りんちゃんの期待に応えられなくて、りんちゃんに呆れられちゃうんじゃないかって……嫌われたら嫌だなって……」
「バカ! 嫌いになるわけない!」
「でも不安だったんだ。もしかしたら、りんちゃんにとってははじめての彼女じゃないのかもって考えたりして、いろいろ不安になって……」

 私が俯いてそういうと、りんちゃんは私の手を握った。

「奈瑠だけだから。俺が好きになったのは、今までで奈瑠しかいないから」
「え……」
「だから、俺にとっても全部初めてなんだ。だから、いろいろ不安にさせてごめん、だけど、約束するから。一生大事にするからだから……俺と、付き合ってください」

 まっすぐに見つめてくるりんちゃんの瞳はすごく真剣で、本気で言ってくれてるんだっていうのがわかる。思わず涙がこぼれた。それから私はコクンって頷く。

「ありがとうりんちゃん、よろこんで」

 りんちゃんが、私の不安に寄り添ってくれる。嬉しい気持ちでいっぱいだった。

「きちんと言葉にしてなくてごめん。なんか、両想いだってわかったら気が抜けて、それだけで付き合ってるつもりになってた」
「ううん、私の方こそ……なんか空気読めないやつでごめん」
「空気なんか読まなくていい、なんでも言ってくれたらいい。奈瑠の不安をわかりたい。嬉しいことや楽しことをしてやりたいって思うから」

 いつになく優しいりんちゃんに、私は思わず笑顔になる。

「りんちゃん、仲直りだね」
「喧嘩してたか? おまえが一方的に怒ってたんだろ。おまえに会うまですげぇ悩んだし、迎えに来たらあんなやつと一緒に出てくるし」
「神崎君?」
「あいつ、俺の姿が見えなかったらおまえと一緒に帰る気満々だったろ」
「神崎君は生徒会の後輩なだけだよ」
「おまえのそういうところが不安なんだよ。広樹だっていつの間にかおまえのこと……」
「三次先輩がどうかした?」
「……なんでもねぇ!」

 りんちゃんは少し不機嫌そうに言ってから、そうだ、と思い出したかのように私の方を見た。

「公園におまえの好きそうなクレープの販売カーが来てた。寄っていこうぜ」
「それ! 神崎君から聞いて私もりんちゃんと行きたいと思ってた!」
「はぁ!? あいつ、おまえと一緒にクレープ食う気満々だったろ! 気をつけろ!」

 理不尽に腹を立てるりんちゃんの腕にしがみついてみる。

「りんちゃん、私もりんちゃんだけだから」
「嘘つけ、おまえ広樹のこと好きだったろ」
「あれは、三次先輩は推しだったの! あれはアイドルに憧れる気持ちと一緒だよ。りんちゃんのことを好きだって自覚してから、三次先輩のことは違うんだなって気が付いたの。苦しくなったり、心が痛くなったり泣きたくなったり、一緒にいるだけでドキドキして幸せな気持ちになったり……それって全部りんちゃんだけだから」

 私が必死に訴えると、りんちゃんは赤い顔をして俯いた。

「奈瑠、幸せにすっから」
「うん、私も、りんちゃんを幸せにしたいよ。一緒に幸せになろうねぇ」

 そういった瞬間、おでこに柔らかなものが触れる。りんちゃんが私のおでこにキスを落としたのだ。顔がかぁって熱くなる。

「それから、俺と出かけるとき以外メイクは禁止だから」
「え……」

 去年のお正月のことを思い出す。りんちゃんは、私のメイクを似合わないっていった。

「メイクはまだまだ早かったかなぁ……似合わなかったよね」
「いや、違う」
「違うの? だってあのとき……」
「あれは! あれは、おまえがすごく可愛かったから……だから、他のやつに見せたくなくて……」

 りんちゃんが顔を真っ赤にしてそんなことをいうから、思わず私まで顔が熱くなる。

「……可愛いかった?」
「すげー可愛かった。だから、メイクは俺とデートするときだけな! ほら、クレープ、食いに行くぞ」
「……うん!」

 りんちゃんと一緒にいたら、ドキドキしすぎていくつ心臓があっても足りない気がするよ。

 世界で一番大好きなりんちゃんと一緒に食べたクレープは、人生で一番おいしかった。