ミントに焦がれるチョコレート 幼なじみは甘くない

 そうこうしているうちに、あっという間に衣替え。紺色のブレザーは春よりも少しだけ似合うようになっている気がした。ちょっと大人っぽくなれたかな?
 二つに結った髪の毛が少し伸びてきた。そろそろ切らないといけないなって思うと、梶原先輩のさらさらの髪の毛を思い出す。
 髪の毛を切ると、先輩と同じくらいの長さになるのに、あんな風にオシャレにならない。こけしになっちゃう。
 少し、伸ばしてみようかな──。

 自転車をこぐ足に冬の匂いをまとった風が絡み付いてくる。住宅街の垣根から甘い香りが漂ってきた。小学校にも咲いていてから知ってる。金木犀の匂いだ、とっても良い匂い。
 いつもの信号でりんちゃんが私を追い越していく。ブレザーを着た背中がなんだかすごく大きく見えた。

 小学校まであんまり気にしたことなかったけど、中学生になると、急に一年の差が大きく感じる。先輩なんて呼ぶし。「九条先輩」とかくすぐったい。りんちゃんはりんちゃんだし。

 十月になると、放課後は毎日部活がある。十一月に文化祭があるからだ。普段目立たない手芸部も、文化祭は頑張ります! 展示もあるし、販売もある。私もたくさんアクセサリーをつくる。

「わぁ、奈瑠ちゃんの可愛い! 私そのイヤリング買う!」

 三年生の先輩が私が手に持っている造花のイヤリングを見て声をかけてくれる。頬がぽっと熱くなった。

「あげますよ、たくさん作りますから」
「ダメだよ。ちゃんと買うね、予約させて。いくらにするつもり?」
「百円……ですかね?」
「それじゃぁ材料費もでないでしょ。二百円くらいならお小遣いで買えるし、そのくらいかなー?」

 二百円……私は自分が作ったイヤリングを見つめる。自分で作ったものが売り物になるなんて、考えたこともなかった。なんだかムズムズする。とっても嬉しい。
 
 里桜ちゃんは隣でポーチを作っていた。ぬいぐるみはたくさん作れないから、販売用にポーチを作ることにしたらしい。展示用には可愛いテディベアを作っている。

「そのポーチ、チョコミントカラーにしてほしい!」

 里桜ちゃんが私の好きなミントブルーの布を縫っているので、私はすかさずオーダーを入れる。

「奈瑠はチョコミントが好きだよねぇ、アイスも色も」
「だってすごく可愛いし、美味しい」
「私は苦手、スースーするじゃん。色は可愛いけど。じゃぁ、ジッパーをチョコレート色にしようかな~」
「それ、すごくいい!」

 部活の時間は楽しすぎてあっという間に過ぎてしまう。部室棟の窓から西日が差し込んできた。眩しい光に誘われて窓の外を見ると、バレー部が外で練習しているのか見える。

「三次先輩はリベロかな?」

 里桜ちゃんも私と同じようにグラウンドを見た。

「リベロってなぁに?」
「防御の要? 攻撃できないレシーブ専門の人ってところかな。ほら、一人だけゼッケンが違う」
「ふーん、里桜ちゃん物知りだぁ」
「ねぇ、三次先輩に連絡してみた?」

 連絡先の交換をしていたことを思い出して、私はぼっと顔を赤らめた。それからブンブンと首と横に振る。

「まさかまさか!」

 里桜ちゃんは私の様子を見てケラケラとお腹を抱えて笑う。ちょっと、何で笑うの。

「なんで送らないのかなぁ。私ならすぐ連絡する~」
「里桜ちゃん積極的すぎるよ」
「いいじゃん、何も減らないじゃん。むしろ幸福度が上がるじゃん」
「ドキドキしすぎて寿命が減るよ~」
「あはは、おっかしー。ほら、見て、三次先輩レシーブした! 痛そー」

 窓の外に視線を戻す。食い入るように窓の外を見ていると、ちらりとこちらを見る顔があった。りんちゃんだ。私はひらひらと掌を振る。するとりんちゃんはシッシッと手で払った。ちょっと酷いんだけど。

「九条先輩の格好いいねぇ」

 里桜ちゃんがシシッって意地悪な顔をする。

「どこが、今、シッシッて追い払ったよ」

 毎日遅くまで手芸部で作業をして、マシュマロ相手に生徒総会での挨拶を練習をしてみる。

「や、山本奈瑠です。よ、よろしくお願いします」

 マシュマロ相手にこんな状態で大丈夫かな――練習あるのみ! いくらあがり症だからって挨拶くらい、きちんとできるようにならなきゃだよ。

 私は意を決して三次先輩にメッセージを入れてみることにした。何度も打ち込んでは消して、打ち込んでは消して。全然文章が出来上がらない。
 メッセージを書くのに苦戦していると隣からドンドンと壁を叩く音がした。りんちゃん?
 私は慌ててベランダに出て、仕切りを押す。お隣のベランダにはいつも通りちょっと不機嫌そうな顔をした、りんちゃんが立っていた。履いているスリッパが可哀相なくらい横に広がっている。りんちゃん、足がすごく大きくなったみたい。

「りんちゃん、なーに?」
「なーに? じゃねぇよ。生徒総会の挨拶とか悩んでねぇかと思って。すっかり忘れてたけど」
「忘れてたとかひどくない?」
「思い出してやっただけでも感謝しろ」

 偉そうなりんちゃんに私は強気で返す。

「りんちゃんに聞いてもらわなくたって、今三次先輩に連絡しようと思ったとこ」
「え?」

 りんちゃんは目つきの悪い切れ長の目を少しだけ丸くした。

「おまえ、広樹の連絡先知ってんの?」
「うん」
「しょっちゅう連絡してんの?」

 里桜ちゃんといい、りんちゃんといい、どうしてそうやって頻繁に連絡するような話になるんだろう。私は里桜ちゃんにしたようにブンブンと首を横に振る。

「まさか、今日初めて連絡してみようと思ったんだよ」
「はぁ、びっくりさせんなよ」
「なんでりんちゃんがびっくりするの?」

 りんちゃんは不機嫌そうにため息を吐いた。

「広樹に迷惑かけんなよ。仕方ねぇから俺が聞いてやる」
「えー。りんちゃん、ちゃんと答えてくれる?」
「おまえがつまんねぇこと聞かないなら答えてやる」

 確かに三次先輩にしょうもない相談をするよりも、りんちゃんに怒られた方がずっとマシな気がしてきた。

「生徒総会での挨拶を考えたから見てほしくって」
「なんだよそんなことか。じゃ、ここでやってみろ」
「え! 今!」
「俺一人の前で言えないようじゃどうしようもないだろ」
「それはそうだけど……」

 私は意を決して毎日マシュマロ相手に練習してきた挨拶をする。大丈夫、たくさん練習したもんね。

「い、一年A組のや、山本奈留です。い、一年間、み、皆さんが楽しい学校生活を送れるよう、が、頑張りたいです。よ、よろしくお願いします」

 凛ちゃん一人しか聞いていないというのに、めちゃくちゃドキドキした。今のままだと講堂でちゃんとできるか心配過ぎる。

「だめ。全然ダメ、伝わってこねぇなよ。棒読みだし」
「え? 伝わってこない?」

 私の言葉を聞き終えたりんちゃんは難しい顔をする。ダメ出しされたけどバカにされなくてよかったとひとまず一安心だ。と思ったのも束の間。

「心がこもってないんだよ」
「そんなこといわれても! じゃぁお手本! お手本見せてよ!」
「はぁ、飼い主って飼い犬に似るよな。マシュマロみたいに吠えんなよ」
「全然似てないよ! っていうかそれ逆じゃない?」

 マシュマロはふわふわして可愛い。私はマシュマロみたいに可愛くない。そもそも人間と犬だし……全然似てないよ。

「俺のマネしたって仕方ないだろ」

 結局りんちゃんは自分の挨拶を教えてはくれなかった。「あ、おめでとー」と言葉を残して自分の部屋に引っ込んでしまう。
 時計の針はすっかり十二時を回っていた。なんだろう、なんだろう――。

「心がこもってないとか、伝わらないとか……どうすればいいの?」

 りんちゃんだって、いっつも心なんかこもってないじゃん。

 そのまま眠ってしまって、三次先輩へのメッセージは送りそびれてしまった。りんちゃんにあれだけダメだしされたからには、このままではいけない。

 眠たい目をこすりながらリビングに降りると、やけに豪華な朝ご飯だった。いつものご飯にお味噌汁系の朝ご飯じゃなくて、平たいお皿の上に私の大好きな厚いホットケーキが二枚重ねられている。上にはたっぷりのはちみつとバター。果物がたくさん入ったヨーグルトまであった。ちょこんとのったミントの葉っぱが可愛い。ミルクたっぷりの紅茶まである。

「おはよー。今日はどうしたの?」

 キッチンのお母さんに声をかけると、お母さんはぱっと表情を明るくする。

「奈瑠、十三歳おめでとう」
「そうだった、今日誕生日だ!」
「忘れてたの? お父さんも早く帰ってくるって言ってたから、夜はケーキでお祝いしようね」

 今日は私の誕生日だった。スマホに何通ものメッセージを受信したお知らせが出てる。どれも誕生日を祝うものばかりだ。里桜ちゃんも光も学校で会うんだからわざわざ送ってくれなくてもいいのに、マメだなぁなんて感心する。

「なるほど、そういうことか」

 ホットケーキをパクリを食べると、頭が働き始める。りんちゃんの言葉をやっと理解した。あれは、誕生日のお祝いの言葉だったのか。お誕生日おめでとうって言ってよ、わかりにくいよ、りんちゃん。

「めっちゃ美味しい、ありがとう~」
「ケーキはチョコレートがいい?」
「もちろんチョコレート!」

 チョコミントの次にチョコレートが好きな私のために、毎年誕生日ケーキはお母さんがチョコレートケーキを作ってくれるの。

「十三歳なんて、中学生みたい」
「何言ってるのよ、もう中学生のくせに」

 なんだかくすぐったい。少しだけ大人になったような気がした。これって十一歳の時にも思ったっけ。両手の指を合わせても年の数が数えられなくなって嬉しかった。

 金木犀の香りをすうっと吸い込みながら自転車をこぐ。今日から十三歳、ちょっと気持ちも引き締まる。

「よう、同い年」

 いつもの信号でりんちゃんが追い付いてきた。

「りんちゃんお祝いありがとう~」
「別に祝ってねぇし」
「昨日おめでとうって言ってくれたじゃん」

 信号が青に変わる。りんちゃんはそのまま走って行ってしまった。あっという間に背中が小さくなる。こんなにも進む速さが違うのは、きっと自転車の車輪の大きさが違うせいだ。

「もう、少しくらいゆっくりこいでくれてもいいのに」

 私はペダルを踏む足に力を込めた。

 校舎の後ろにある駐輪場に自転車を置く。一年生は一番手前。靴箱でローファーを脱ぐとドンっと誰かに抱きつかれた。

「奈瑠、誕生日おめでとう~」
「ありがとう光~」
「ようこそ十三歳へ」

 光は四月生まれなので、私たちの中で誰よりも先にお姉さんになる。里桜ちゃんの誕生日は夏休み。三人でマックでお祝いしたっけ。

「里桜と一緒にスペシャルなプレゼント用意してるから!」
「えぇめっちゃ嬉しい! なにー?」
「教室に行ったらね~」

 上履きに履き替えて教室に入ると里桜ちゃんが机の上で本を読んでた。私が入ってきたのに気が付くと、本を閉じる。

「誕生日おめでとう、奈瑠!」

 それからごそごそと鞄を探って、可愛らしい包みを取り出した。

「これ、光と私からのプレゼント!」
「ありがとう! 開けていい?」
「もちろん、すぐにつけて欲しいくらいだよ」

 包みを開けると、中からチョコミントカラーのリボンが二つ。

「めっちゃ可愛い! ヘアアクセ?」
「そうそう、つけてあげる!」

 里桜ちゃんが手鏡を出して、二つの結び目に一つずつリボンをつけてくれる。ミントブルーとチョコレート色、二色のリボンが私の髪の毛を彩った。

「ほら、可愛い!」
「ほんと! めっちゃ可愛いアクセありがとう~」
「手作りしたかったけど、アクセは奈瑠みたいに作れないから、お店で買った。あとそれから……」

 里桜ちゃんは鞄から焦げ茶色のウサギのぬいぐるみを取り出す。私は目を輝かせた。

「これは一針一針愛情込めて縫った手のひらウサギ」
「これもプレゼント!?」
「あたりまえじゃん。前に話していたでしょう? 去年あげたミントブルーうさの横に並べておいてね」
「もちろんだよ! ありがとう~」

 その日一日、私はすごく集中して、授業に取り組むことができた。気のせいかな?

 家に帰ると、お母さんが「その髪飾り可愛いわね」と褒めてくれるので、チョコレートウサギも一緒に見せてあげる。自分の部屋の机の上に二匹のうさぎを並べた。ちょこんと寄り添うように座るチョコミントのうさぎたち、なんて可愛いんだろう。

 朝ベランダに出て深呼吸をすると、ひんやりとした空気が目を覚ましてくれる。あっという間に十一月が来てしまった。明日は土曜日。ずっと準備をしてきた文化祭。文化祭の準備はばっちりなんだけど、肝心の挨拶はなんにも浮かばないまま困ってしまっていた。どうしよう。

 主悪の根元とも言えるりんちゃんとはあれっきり話をしていない。りんちゃんママの話によると、最近りんちゃんはすごく早く学校に出かけているらしいのだ。通学路で後ろから追い抜かれることが無くなった。
 いつもの信号で声をかけられないと、なにか足りない気がしちゃうんだよね。

 髪の毛につけたチョコミントのリボンが風に揺れる。街路樹の銀杏に色が付き始めていた。ハンドルを握る手が冷たい。そろそろ手袋をはめようかな。