ミントに焦がれるチョコレート 幼なじみは甘くない

 生徒総会の日になった。木造の古い造りの講堂は、暖房を入れていてもどこかひんやりとして厳かな雰囲気が漂っている。
 気持ちがピンと張る。私は去年の私みたいに不安な面持ちの一年生たちに声をかける。

「上手にやろうって思わなくて大丈夫だよ。一生懸命伝えたい言葉に集中して、絶対に伝わるから」

 一年生の緊張を解してあげたいなと思ってかけた言葉だけど、私自身へのエールでもある。
 りんちゃんは講堂の奥の方、三年生の席に座っているのだろう。これからは、先輩たちに頼ってはいけない。

「あの、先輩! 私……」

 横に立っていた女の子が話しかけてきた。

「私、文化祭で先輩のステージを見ました。歌声に心をぐっと掴まれました。挨拶週間の時や、色々な行事を進行していく先輩の姿に憧れて、生徒会に入りたいって思いました。私も、みんなのために出来ることをしたいって」

 その言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。自分の働きを、見てくれている人がいた──。

「オレもです! 先輩たちを見て、生徒会ってすげえなって思って、自分もやってみたくなりました」

 もう一人の男の子がキラキラとした眼差しで私達の方を見てくる。

「ありがとう、一緒に頑張ろう」

 私にも、誰かの心に響くようなことができた。嬉しい──こんな感動を教えてくれたのは、他でもない、りんちゃんだ。

 りんちゃん、今日は見ていて、少しだけ成長した私を──

 栗栖君の挨拶のあと、ゆっくりと深呼吸をしてから、私は言葉を紡いだ。一年分の、想いを込めて。

 生徒会室から先輩たちの荷物が無くなった。部屋の中が閑散としていくことが、とても寂しい。

「山本さんだ、明けましておめでとう! って、新年早々メッセージもらったけど」

 三学期初日、生徒会室で感傷に浸っていると、三次先輩がひょっこり顔を出した。

「明けましておめでとうございます。忘れ物ですか?」

 三次先輩の荷物は残っていないのでは……部屋のなかをぐるりと見回して私は首をかしげた。

「そう、忘れ物。君に話し忘れたなって。窓から山本さんがいるのが見えたから」
「私にですか?」

 ますます意味がわからない。引き継ぎは睦美先輩にしてもらったし、そもそも次期会長は栗栖君だ。

「凛太郎のこと」

 そう優しく微笑みながら言われて、思わずびくりと肩を竦めてしまう。

「りんちゃんのことですか?」

 わずかに声が上ずってしまう。変だよ、普通にしないと。

「凛太郎がね、山本さんは俺のことが好きなんだって言ってたんだよ。それって、違うだろう?」
「……え!」

 虚を突かれた私は、ワンテンポ遅れて顔を赤らめる。先輩本人からそんなことを聞かれたら、なんて答えたらいいの!?

「間違いというか……違ってないというか……今は違うというか……前は憧れていて、今は先輩として好きと言いますか……」

 上手く言葉が続かない。続くわけないよ。だって、りんちゃんのことが好きですなんて、言えないよ──

「なるほどね、凛太郎に訂正しておくよ」
「やめてください! あの、りんちゃんには関係ないことと言いますか……」

 りんちゃんは何を思って三次先輩にをんなことを言ったんだろう。私の恋路を応援してくれようとしたのか、邪魔しようとしたのか……意地悪なりんちゃんのことだ、後者の方しかありえない。

「山本さんさ、前言ってたでしょ? 俺に助けてもらったって」

 三次先輩の話は糸の切れた風船のようにゆらゆらとさまよう。今度は入学式の時の話だ。

「迷子になっているときに先輩に助けてもらいました」

 あの衝撃的な出会いを思い出す。あの日、私は三次先輩に恋をした──
 いや、恋をしたと思っていた。

「あれね、裏話をすると、君が困っていることに気がついたのは凛太郎なんだ」
「え! 先輩じゃないんですか!?」

 どういうこと──? あの日、私に声をかけてくれたのは、確かに先輩だったはず──

「確かに声をかけたのは俺なんだけど。凛太郎に頼まれたんだ。君が迷子になって困ってるから、助けてくれって」
「りんちゃんどうして……自分で案内してくれたら良いのに」

 なんで、そんな回りくどいことをしたんだろう。そのお陰で三次先輩の存在を知って、素敵な先輩がいるなって思うきっかけになったけど──意味がわからないよ!

「自分が助けたんじゃ意味がないって言ってた。幼馴染みの自分が助けたら、君が学校に馴染むのに時間がかかるかもって。この学校には、見ず知らずの子を助ける親切な先輩がいるって、思って欲しいって」
「なにそれ……」

 窓の外で、ふわふわと雪が舞い始めた。そっか、午後から降るっていってたっけ──

 降っては消える白い欠片。まるで、私の気持ちみたい。たとえ降り積もったとしても、いつかは消えないといけない──

「凛太郎は縁の下の力持ちなんだ。部活でも生徒会でも、周りをよく見てる。特に君のことはね、特別。正直、敵わないなって思ったよ……」

 私、全然気が付かなかった――りんちゃんの優しさ――もっと早く、気がつきたかった……。

「凛太郎が生徒会に入ったのは、俺に付き合ってくれたって言うのもあるけど、君のためだったって思うんだ。君を、生徒会に誘いたかったんじゃないかな?」
「なんでそんなこと、今頃教えてくれるんですか……」

 ダメだってわかってるのに、ポロポロの涙が落ちてしまう。止められない。

「どんなに私がりんちゃんを想っても、それはいけないことだから──」

 三次先輩が意地悪だ。きっと、りんちゃんの意地悪がうつっちゃったんだと思う。仲良しだから──

「俺からはこれ以上言えないけど、凛太郎のこと、もっと良く見てあげて。それは、君にしか出来ないことだから」
「なんで、急にこんなことを?」

 りんちゃんには、睦美先輩がいるんだから、私にできることなんて、なんにもないよ。

「凛太郎を見てたらさ、もどかしくって。何悩んでんだよって、悔しい気持ちもあってさ」

 三次先輩はそういって寂しそうに笑った。

「お節介だよね、凛太郎のお節介がうつったかも」
「りんちゃんはお節介じゃなくて意地悪なんですよ!」
「凛太郎が意地悪なのは君にだけだと思うよ」
「私にだけ……?」
「そう、だから探してごらん。君にしか出来ないことをさ。君は、凛太郎の特別だから」

 三次先輩はいつものように優しく微笑む。あぁ、私の憧れた、優しい笑顔――でも、この気持ちは本当の恋じゃなかった。今なら、わかる、自分の気持ち――。

「そうだ、もう一つネタバラシするとね、去年のバレンタインに俺、凛太郎と喧嘩したんだよね。喧嘩っていうか、凛太郎にへそを曲げられたって言うか」
「先輩とりんちゃんがですか?」

 先輩とりんちゃんが喧嘩をしていたなんて知らなかった──。
 私もりんちゃんとバレンタインの時に気まずくなっていた。りんちゃんと睦美先輩の姿を見ちゃったから――。

「私とりんちゃんもあのとき気まずくて……私、りんちゃんに怒られたんですよ、りんちゃんにあげるはずのブラウニーを私が食べちゃって……」
「あぁ、あのブラウニー美味しかったよ。すごく嬉しかった……。だから、今年は凛太郎に作ってあげて」
「でもりんちゃんはいらないかも――」

 睦美先輩がいるんだから、私の想いは邪魔にしかならない。

「山本さん、ちゃんと伝えた方がいいよ、自分の気持ち」

 三次先輩が優しく笑う。私の、大好きだった笑顔で――。

「迷惑になるかもしれないから」
「そんなことないから、伝えてあげないと、凛太郎は君の気持ちを知らないままになっちゃうよ、それでいいの?」

 嫌だ――私も、いつか伝えたい――ありがとうって、好きだったって……たとえ、届かなくても。やっぱり伝えたい。

「私、頑張ります」

 去年よりも少し強くなった私は、きっと頑張れる。