文化の日がやってきた。今年はステージがあるからとても忙しい。
私と里桜ちゃんは手芸部の準備に取り掛かる。りんちゃんに教えてもらった次の月曜日、里桜ちゃんにネクタイのお礼を言ったら、里桜ちゃんはすごく嬉しそうに笑ってくれた。
「奈瑠の歌、私すごく楽しみなんだよね。絶対見に行くから」
「うわ、プレッシャーだ」
里桜ちゃんも私の抱えるトラウマのことはよくわかってくれている。一緒に遊んでもカラオケには行かないって暗黙の了解みたいになってたんだよね。
「九条先輩はすごいなって思うんだ」
「え? りんちゃんが? 三次先輩じゃなくて?」
確かに、りんちゃんは俺様だけど勉強ができて、暴君だけど運動ができるけど、里桜ちゃんがすごいって思うところあったっけ?
「私も光も、奈瑠から歌を引き離そうってしてたんだ。辛い物には触れさせないように、思い出させないようにって……でも、それって違うなって九条先輩を見て気が付いた。奈瑠のためを思うなら、間違ってた」
「りんちゃんはただ私に意地悪したいだけだと思うよ。今までそれが功を奏してきたというか……結果オーライと言うか……?」
本当はちょっとだけ里桜ちゃんの言う通りかなって思う。りんちゃんは私を生徒会に引っ張ったりとか、今回のステージに誘ってくれたりとか――人前に出る機会を少しずつ与えてきてくれた。かなり横暴ではあった気もするけど。私のため……?
ううん、そんなはずない。そもそも生徒会に誘ってくれたのも、ステージにさそってくれたのも三次先輩だし。ステージは睦美先輩の代わりだし。そうだったらいいなって、思うだけで十分だよ。
「光と一緒に応援に行くけど、私たちのこととか気にしないで。観客なんでジャガイモなんだから! 男爵、メイクイン、きたあかり!」
「あはは、それでいく。みんなジャガイモ~」
里桜ちゃんと笑い合っているうちに、放送が流れた。二度目の文化祭が始まる――
午前中はあっという間に過ぎて、体育館に向かう。深呼吸、深呼吸――どうして苦しいの……!
「山本さん、息を吸うだけじゃなくて、ちゃんと吐かないと!」
三次先輩に言われてやっと気が付いた。どうやら緊張し過ぎて息を吐くことを忘れていたみたい。
「大丈夫、ステージの上って光がまぶしいから、観客席って光ってあんまり見えないから」
「楽しんで歌います!」
「その調子!」
先輩もチョコミントカラーのネクタイをしている。もちろん隣でぶすっとしているりんちゃんも。お揃いってくすぐったい。
「さぁ、思いっきり楽しもう。上手く歌おうとか思わずにさ、楽しく歌うんだよ」
「はい!」
楽しまないと。三次先輩の言葉に、私は笑顔になる。だって今日は――。
りんちゃんと過ごす中学最後の文化祭だから。
「次は、生徒会有志バンド、ミントとチョコレートです!」
三人で考えたバンド名、私はきちんと深呼吸をして階段を上る。さぁ楽しんで歌おう! 裏返ったって、音を外したって、楽しんだもの勝ちだ。今日は一人じゃないから――。
だけど、ステージに上がると記憶がフラッシュバックしそうになる。
消えて! もう大丈夫なんだから。色々経験を重ねて来たから大丈夫だよ。みんなジャガイモ!
ベースの音がリズムを刻んで、ギターの音が旋律を奏でる。さぁ、歌うよ──!
先輩の言っていた通りだ。ステージから見ると、観客席って光って見えない。緊張がほどけていく。一人じゃない、りんに凛ちゃんも三次先輩もいてくれるから。
りんちゃんのベースに合わせてリズムをとって、三次先輩のギターに合わせて言葉を紡ぐ。楽しい、体中を、音が駆けていく――。
観客席から、手拍子が聞こえてくる。私の声に合わせて、サイリュームが揺れる。光の波がまぶしくて、まるで星の海の中にいるみたいだ。
横を向くとりんちゃんと目が合った。にっとちょっと嬉しそうに笑うりんちゃんに、私も微笑み返す。
睦美先輩じゃないけど、私でも大丈夫? 不安な気持ちもあったけど、今のりんちゃんの顔を見たら、不安なんて吹き飛んでしまう。
楽しい! ずっとこのまま歌っていたい。だけど、何事にも終わりはやってくる。私は一フレーズ一フレーズを大切に紡ぎながら、目頭が熱くなるのを感じた。もうすぐ、ステージは終わる。終わってしまう。
りんちゃんと三次先輩が最後の音を弾き終えて、私たちのステージが終わった。湧き上がる歓声が、五年前に私の心の奥底をえぐった傷を癒していく。もう、痛くない――。
歌って良かった。挑戦して良かった――逃げなくて、本当に良かった。三次先輩が両手を差し出す。私はその手に両手でパチンってハイタッチ、りんちゃんは片手を挙げているので、右手を叩き合う。パンっという小気味よい音と共に、私たちのステージが終わった。
火曜日、いつものように早く登校したのだけれど、いつもは挨拶程度しかしない女の子たちが寄ってきた。
「ステージ見たよ! めっちゃ格好良かった~」
「あ、ありがとう」
「真面目で大人しいイメージだったから意外だった!」
なるほど、そのようなイメージだったか。目立たない生徒会員っていうイメージかな……もともと目立たないキャラだから。
「一緒に演奏してたのって去年もバンド組んでた先輩たちだよね~めっちゃ格好良かった! 特に九条先輩!」
「ギター弾いてたの生徒会長の三次先輩だよね、格好良かったー!」
「九条先輩って、生徒会の先輩と付き合ってるでしょ! あの綺麗な人! 体育祭の後一緒にいるの見た、お似合いって感じ」
「生徒会いいよね~あ、山本さん来年もやるんでしょう! 一年間楽しかったよ~」
「うん、そのつもりでいるけど――」
みんなが喜んでくれて嬉しいなって思うのに、なんだか心にとげが刺さったような気がする。ズキンって心が痛い。りんちゃんと睦美先輩、誰が見てもお似合いだよね。
私と里桜ちゃんは手芸部の準備に取り掛かる。りんちゃんに教えてもらった次の月曜日、里桜ちゃんにネクタイのお礼を言ったら、里桜ちゃんはすごく嬉しそうに笑ってくれた。
「奈瑠の歌、私すごく楽しみなんだよね。絶対見に行くから」
「うわ、プレッシャーだ」
里桜ちゃんも私の抱えるトラウマのことはよくわかってくれている。一緒に遊んでもカラオケには行かないって暗黙の了解みたいになってたんだよね。
「九条先輩はすごいなって思うんだ」
「え? りんちゃんが? 三次先輩じゃなくて?」
確かに、りんちゃんは俺様だけど勉強ができて、暴君だけど運動ができるけど、里桜ちゃんがすごいって思うところあったっけ?
「私も光も、奈瑠から歌を引き離そうってしてたんだ。辛い物には触れさせないように、思い出させないようにって……でも、それって違うなって九条先輩を見て気が付いた。奈瑠のためを思うなら、間違ってた」
「りんちゃんはただ私に意地悪したいだけだと思うよ。今までそれが功を奏してきたというか……結果オーライと言うか……?」
本当はちょっとだけ里桜ちゃんの言う通りかなって思う。りんちゃんは私を生徒会に引っ張ったりとか、今回のステージに誘ってくれたりとか――人前に出る機会を少しずつ与えてきてくれた。かなり横暴ではあった気もするけど。私のため……?
ううん、そんなはずない。そもそも生徒会に誘ってくれたのも、ステージにさそってくれたのも三次先輩だし。ステージは睦美先輩の代わりだし。そうだったらいいなって、思うだけで十分だよ。
「光と一緒に応援に行くけど、私たちのこととか気にしないで。観客なんでジャガイモなんだから! 男爵、メイクイン、きたあかり!」
「あはは、それでいく。みんなジャガイモ~」
里桜ちゃんと笑い合っているうちに、放送が流れた。二度目の文化祭が始まる――
午前中はあっという間に過ぎて、体育館に向かう。深呼吸、深呼吸――どうして苦しいの……!
「山本さん、息を吸うだけじゃなくて、ちゃんと吐かないと!」
三次先輩に言われてやっと気が付いた。どうやら緊張し過ぎて息を吐くことを忘れていたみたい。
「大丈夫、ステージの上って光がまぶしいから、観客席って光ってあんまり見えないから」
「楽しんで歌います!」
「その調子!」
先輩もチョコミントカラーのネクタイをしている。もちろん隣でぶすっとしているりんちゃんも。お揃いってくすぐったい。
「さぁ、思いっきり楽しもう。上手く歌おうとか思わずにさ、楽しく歌うんだよ」
「はい!」
楽しまないと。三次先輩の言葉に、私は笑顔になる。だって今日は――。
りんちゃんと過ごす中学最後の文化祭だから。
「次は、生徒会有志バンド、ミントとチョコレートです!」
三人で考えたバンド名、私はきちんと深呼吸をして階段を上る。さぁ楽しんで歌おう! 裏返ったって、音を外したって、楽しんだもの勝ちだ。今日は一人じゃないから――。
だけど、ステージに上がると記憶がフラッシュバックしそうになる。
消えて! もう大丈夫なんだから。色々経験を重ねて来たから大丈夫だよ。みんなジャガイモ!
ベースの音がリズムを刻んで、ギターの音が旋律を奏でる。さぁ、歌うよ──!
先輩の言っていた通りだ。ステージから見ると、観客席って光って見えない。緊張がほどけていく。一人じゃない、りんに凛ちゃんも三次先輩もいてくれるから。
りんちゃんのベースに合わせてリズムをとって、三次先輩のギターに合わせて言葉を紡ぐ。楽しい、体中を、音が駆けていく――。
観客席から、手拍子が聞こえてくる。私の声に合わせて、サイリュームが揺れる。光の波がまぶしくて、まるで星の海の中にいるみたいだ。
横を向くとりんちゃんと目が合った。にっとちょっと嬉しそうに笑うりんちゃんに、私も微笑み返す。
睦美先輩じゃないけど、私でも大丈夫? 不安な気持ちもあったけど、今のりんちゃんの顔を見たら、不安なんて吹き飛んでしまう。
楽しい! ずっとこのまま歌っていたい。だけど、何事にも終わりはやってくる。私は一フレーズ一フレーズを大切に紡ぎながら、目頭が熱くなるのを感じた。もうすぐ、ステージは終わる。終わってしまう。
りんちゃんと三次先輩が最後の音を弾き終えて、私たちのステージが終わった。湧き上がる歓声が、五年前に私の心の奥底をえぐった傷を癒していく。もう、痛くない――。
歌って良かった。挑戦して良かった――逃げなくて、本当に良かった。三次先輩が両手を差し出す。私はその手に両手でパチンってハイタッチ、りんちゃんは片手を挙げているので、右手を叩き合う。パンっという小気味よい音と共に、私たちのステージが終わった。
火曜日、いつものように早く登校したのだけれど、いつもは挨拶程度しかしない女の子たちが寄ってきた。
「ステージ見たよ! めっちゃ格好良かった~」
「あ、ありがとう」
「真面目で大人しいイメージだったから意外だった!」
なるほど、そのようなイメージだったか。目立たない生徒会員っていうイメージかな……もともと目立たないキャラだから。
「一緒に演奏してたのって去年もバンド組んでた先輩たちだよね~めっちゃ格好良かった! 特に九条先輩!」
「ギター弾いてたの生徒会長の三次先輩だよね、格好良かったー!」
「九条先輩って、生徒会の先輩と付き合ってるでしょ! あの綺麗な人! 体育祭の後一緒にいるの見た、お似合いって感じ」
「生徒会いいよね~あ、山本さん来年もやるんでしょう! 一年間楽しかったよ~」
「うん、そのつもりでいるけど――」
みんなが喜んでくれて嬉しいなって思うのに、なんだか心にとげが刺さったような気がする。ズキンって心が痛い。りんちゃんと睦美先輩、誰が見てもお似合いだよね。

