ミントに焦がれるチョコレート 幼なじみは甘くない

 翌朝、私はカレンダーを見ながら去年のことを考えていた。今日で十三歳最後の日。なんだか不思議な感じがする。
 十三歳は、色々なことがあった。挑戦したことや、発見したこと、将来の夢のこと――。
 明日からの私は、どんな風に生きていくのかな。

 放課後、生徒会室で議事録をまとめていると三次先輩がスマホ片手にイヤフォンを渡してくる。

「忙しいのにごめんね。ちょっと聴いてほしいものがあるんだ」

 とにかくイヤフォンを耳にはめてほしいみたい。私は三次先輩からイヤフォンを受け取ると耳にはめる。

 次の瞬間、音楽が飛び込んできた。聞いたことのないメロディー。アップテンポが心地いい歌、結構、ううん、かなり好きかも。

「これ、誰の曲だと思う?」
「え? 誰って? 知らない曲ですよ」
「そりゃそうだ、未発表の曲だから! 凛太郎が作詞作曲して、俺と一緒にアレンジした! すごいだろ!」
「え! すごいじゃないですか!」

 そう言うと、三次先輩はにっこりと微笑む。

「そうだろ? この曲を文化祭で演奏したいんだ。 受験勉強もあるし、十二月の試合に出る練習もあってあんまり練習時間取れないけど、凛太郎、必死に練習してるから。だから、君に引き受けてもらいたい」

 りんちゃんの部屋にあったパソコンとヘッドフォン……もしかしたら、曲作りのものだったのかも──。

「凛太郎はね、君に乗り越えて欲しいんだよ。乗り越えた君に会いたいんじゃないかな?」
「なにそれ……意味が分からないですよ」

 りんちゃんは、私にいろいろなものを押し付けてくる。でも――。

「凛太郎の身勝手にもう少し付き合ってやって。俺にも、なんとなく凛太郎の気持ちがわかるから応援したいんだ」
「三次先輩ってりんちゃんのこと大好きなんですね」

 そういうと、三次先輩は少しだけ寂しそうに笑った。りんちゃん、三次先輩まで味方につけてるなんて、ずるいよ。

「睦美先輩は歌わなくていいんですか? 私なんかより、睦美先輩の方か……」
「あぁ、睦美も誘ったんだけど難関校受けるから練習とか参加できないって」
「そう、なんですね……」

 そっか、なんだかわかったような気がした。私、やっぱり睦美先輩の代わりじゃん。本当は睦美先輩がいいけど、勉強があって練習できないから。わかったよ、三次先輩はこう言ってくれるけど、りんちゃん的にこの曲は、睦美先輩のためのものなんだね──。
 それ、ちょっと。ううん、かなり悲しいかも。って、なんで、悲しいのかな?

「それなら、やります睦美先輩のためにも……」

 自分で言っていてちょっと虚しくなる。私に睦美先輩の代わりが務まるわけないけど、どうせなら他の誰かがやるよりも私がやりたい。私が、歌いたい──。

 深夜、ドンドンって壁が叩かれたけど、私はベランダに出なかった。りんちゃん、私怒ってるんだから。
 どうして怒っているのかと聞かれたら困るのだけれど……とにかく今日は出てやらない。
 ベッドにもぐりこんで、布団をしっかり被る。しばらくして、ドンドンって音は聞こえなくなった。もう、りんちゃん近所迷惑ですから。

 翌朝、里桜ちゃんや光からお誕生日おめでとうメッセージが入っていた。ちゃんと誕生日を覚えていてくれてる友達がいるって嬉しすぎる。

 窓の外は快晴。深呼吸しようと思ってベランダに出ると、何か紙袋が落ちていることに気が付いた。

「なにこれ……」

 昨日の朝はなかったはず。包みには、チョコミントバカへって書いてあった。これ、りんちゃんの文字だ。
 ちょっと、チョコミントバカって誰のこと! はいはい、私のことですよ。

 中には、可愛らしいチョコミントカラーのネクタイが入っていた。なにこれ、すっごく可愛いんだけど!
 うちの制服にも似合いそうだけど、指定のネクタイがあるから普段はつけられないのが残念。
 中に何かカードも入っている。まさか、誕生日おめでとう――とかじゃないよね……? ドキドキしながら見て見ると――

【文化祭の日はこれをつけてステージに立つこと】

「なにこれ~」

 思わず笑ってしまった。どうやら強制参加のようです。仕方ない、昨日三次先輩にも言ってしまったし。文化祭、頑張ってみるしかないのかな。
 十四歳の私、試練だよ。克服してみよっか、あの日の、苦い思い出を――。

 次の土曜日、私はりんちゃんと一緒に三次先輩のお家にお邪魔することになった。りんちゃんと並んで歩きながら、私はネクタイのお礼を言う。

「りんちゃん、誕生日プレゼントありがとう」
「は? あれ、そんなんじゃないから」
「え? 違うの」

 確かに。今までりんちゃんにプレゼントなんてもらったことない。小学生の頃にくれたものと言えば、虫の死骸とか、セミの脱け殻とか、お菓子の空箱とか……ろくなものなくない?

「違う。あれはおまえの友達の皆実(みなみ)さんに文化祭用に作ってもらった」
「え! 里桜ちゃん!?」

 里桜ちゃん、そんなこと一言も言ってなかった……今年は買ったものでごめんねって手鏡をくれたんだけど、もしかしたらこのネクタイを作っていたからかも。

「里桜ちゃんそんなこと一言も言ってなかったよ」
「内緒にしてくれって言ったから。もうおまえにバラしたから、月曜日にでもお礼言っておけよ」
「了解!」
 三次先輩のお家は市内の西側、小高い場所の一軒家だった。

「おっきいお家……」
「親父さん医者、母さん看護師なんだって」

 家の周りには石の塀があって、広いお庭まであった。思わずお家を見上げてしまう。

「両親が楽器弾くんだってさ、だから防音設備のある部屋がある」
「これだけお隣の家と離れてたら防音設備すらいらない気がするよ」
「うちのマンションはいるよな。おまえがあくびしてる声も聞こえる」
「うっそ!」

 私の反応を見て、りんちゃんはケラケラとお腹を抱えて笑った。ひどい! またからかわれた!

 インターフォンを押すと、玄関から三次先輩が顔を出した。

 家に入ると、まず玄関の広さに驚く。それから「いらっしゃい」って出迎えてくれたお母さんは、三次先輩にそっくりの可愛らしいお母さんだった。

 なんと地下があって、その地下室が防音になっているらしい。部屋の中には楽器がいくつも置いてあって、音楽室みたい。

「最近部活終わってから凛太郎がうちに来て練習して帰ってたんだよな」
「そうそう、ついでに旨い夕飯食わせてもらってな―」
「うち一人っ子だから母さんが喜んじゃってさ。今日も山本さん来るって言ったらはりきっておかし作ってたから後で食べに行こう」
「何回か流してやるから覚えろ。なんとか歌えるだろ」

 りんちゃんはそういって楽譜を手渡してくれる。幸いにして、ピアノを習っていたから楽譜は読めます! 全然上達しなかったけど。りんちゃんは自分が作ったって言わない。聞いてもいいのかな? めっちゃ好きな曲だけど……。

「りんちゃん、この曲りんちゃんが作ったの?」
「そ、悪いかよ」
「いやいや、天才だよ! めっちゃいい曲。私大好き!」

 りんちゃんは何も言わずに首筋を触った。照れてる。あはは、ちょっと嬉しい、いつもと立場が逆だ。

「俺と広樹が演奏するから、カラオケだと思って歌え」
「待って! 三次先輩がいるから緊張する。わっ!」

 りんちゃんが私の頭を小突いてくる。

「寝言は寝てから言え」
「寝言じゃないから!」

 三次先輩がクスクスと笑い声を漏らしている。

「大丈夫、俺も自分の演奏に集中するから、歌とか耳に入らないかも」
「本当ですか?」

 私は伺うように先輩を見てから、スタンドの前に立つ。五年前のことが蘇ってくる――。

「大丈夫だから。ここにはおまえのこと笑うやついないから」
「それ、りんちゃんが一番怪しいんだからね」

 りんちゃんはにっと口角を持ち上げると、私の抗議も聞かずに演奏を始めてしまう。ベースがリズムを刻み始めると、三次先輩がギターを弾き始めた。

 りんちゃんに内緒で三次先輩から音源をもらっていたから、歌詞は一字一句頭のなかにインプットされている。爽やかで、ちょっと切ない歌詞──これをりんちゃんが書いたなんて信じられないよ。睦美先輩のために作った歌でしょ? 私が歌ってもいい?
 私は、戸惑いながらメロディに声をのせた。

 少しずつ、お腹から声が出る。どんどん気分が高揚してきて、声が大きくなるような気がした。こんなに伸びやかに歌ったのは、いつぶりだろう。とっても、気持ちがいい……。

 三次先輩が最後にギターを鳴らして、演奏が終わる。りんちゃんがスマホを操作してから「はい、オッケー」って言ってベースを立て掛けた。

「録音したから、聴いてみよう」
「ちょ、そういうの先に言って!」
「いや、言ったら嫌がるだろ。こういうのは、客観的に聴かないとダメだ。弾いて楽しい、歌って楽しいじゃ観客がおいてけぼりになる」

 りんちゃんが珍しくまともなことを言うので私も思わず不満を飲み込んでしまった。りんちゃんは身勝手で横暴だ。でも、時々驚くような正論を言ってくる。

 私は意を決して自分の歌声を聴いた。

 心地よいベースの音、流れるようなギターの旋律。そして──。

「あ……」

 私の声──。

 始めは震えるような微かな声から始まって、どんどん色を重ねるように力強くなっていた。決して上手じゃないけど、聴けないこともない。
 自分で想像していたよりもずっと良かった。何よりりんちゃんと三次先輩の演奏が上手なのだ。息の合った演奏は圧巻。

「すごい良いじゃん! 山本さんめっちゃいい声!」

 そう言って手を叩いてくれるのは三次先輩。りんちゃんは難しい顔をしている。

「今日から歌の特訓しろ!」
「やっぱりダメ? 今から睦美先輩口説いた方がいいんじゃない?」

 やっぱりりんちゃんは睦美先輩と一緒にやりたかったのかもしれない。そう思うと心がぎゅっと握りつぶされたみたいに苦しくなる。

「そういう話じゃない。おまえの歌はもっと良くなるって言ってんだ。とにかく練習しろ!」

 りんちゃんの勢いに圧されて、私は「はい」って言うしかない。ねぇ、それって私でもいいよってこと?
 ううん、そんなこと考えてる場合じゃない。何回か歌っているうちに、緊張がほどけてはじめから声が伸びるようになってきた。歌うことが気持ちがいいってことを思い出したよ。

 二時間くらい練習して、ケーキと紅茶をご馳走になった。フォークで切り取ったケーキをぱくりと口に運ぶと体中に衝撃が走る。

「こんなにおいしいケーキ初めて食べました」

 思わず思った通りのことを言うと、三次先輩がおかしそうに笑った。

「大げさだなぁ。そんなこと言うと母さん調子乗っちゃうから」

 優しく微笑む三次先輩。あぁ、私この笑顔がとても好きだよなって思ってから、首を傾げた。あれ、でも、全然ドキドキしなくなっちゃったよ。
 私は横で澄ました顔をしてケーキを頬張るりんちゃんを見る。

「なんだよ」
「な、なんでもない」

 りんちゃんの不機嫌な顔と目が合って、私はあわてて視線を目の前のケーキに落とした。なんで、なんでドキドキするの? 凛ちゃんだよ?

 そのあとも練習して、夕方に先輩の家をお暇した。半歩くらい遅れて隣を歩きながら、りんちゃんの背がすごく高くなっていることに気が付く。もともと高かったけど、こんなに見上げなきゃいけなかったっけ……?

「りんちゃん、背が伸びたね」
「おまえが小さいだけだから」

 私が足踏みしている間に、りんちゃんはどんどん背が伸びて、声も低くなって、睦美先輩と付き合い始めて――。どんどん大人になっていく。
 隣にいたはずなのに、どんどん遠くなっていくような気がするよ。

 こうやって一緒に歩いているだけなのに、なんで胸が苦しくなるんだろう。私、こんな気持ち知らないよ、この気持ちはなに?
 今までは三次先輩にどきどきしていたのに、今ではりんちゃんと一緒にいる方が苦しい。どうして……。
 
「あのさ、今度の文化祭は、俺のために歌うこと」
「え?」

 私が一人でドキドキしていると、りんちゃんが唐突にそんなことを言ってくる。

「おまえが頑張って人前で歌えたら、俺も十二月の試合でレギュラー取り戻せる気がするから」
「りんちゃんレギュラーじゃないの? あれでしょ、セッター?」
「うるせぇよ」

 詳しくは教えてくれない。でもいいよ、私にできることなら――。

「いいよ~ どんどん先に進んでいっちゃうりんちゃんのために歌ってあげる」

 りんちゃんの力になってあげてもいいかなって思う。こんな私でも、りんちゃんの力になれるなら。睦先輩にはかなわないけど……。

「偉そうだな」
「だってりんちゃんがお願いしてくるから」

 不機嫌な声に、私は思わず笑ってしまう。いいんだ、こうやって、私はりんちゃんのちょっと後ろを歩くの――
 隣を歩くのは、私じゃないから。

「お願いじゃない、命令だ」
「あー! 出た、暴君凛太郎!」
「誰が暴君だよ」

 りんちゃん、あのね、あのね。たぶん私ね――。

 だめ。この気持ちは内緒。言わない。