新学期が始まった。あの日から、りんちゃんとは会っていない。生徒会でどうやって顔を合わせたらいいのかなって思うけど、そもそもりんちゃんと睦美先輩が付き合っていても私になんら影響があるわけではないのだから、普通にしていたらいいのだ。普通に……普通にって、どうしたらいいの?
私はりんちゃんに追いつかれないように、家を早く出るようになった。おかげで早起きになったし、朝、学校でゆっくりできる。その時間を利用して、文化祭で作るアクセサリーのデザインを始めた。
「山本さんを生徒会に誘ってから一年経つねぇ、なんかあっという間だったな~」
放課後、窓を開け放った生徒会室でぱらぱらと本をめくりながら、三次先輩が感慨深そうにつぶやく。
「本当に、あっという間でした。自分が生徒会委員になるなんて、去年の私は全然想像していませんでしたよ」
「あはは、でも楽しかっただろう? 山本さん、合ってると思うよ生徒会」
「楽しいですけど、合ってるかどうかは別問題ですよ」
私は四月からまとめた議事録を見ていた。始めは慣れなくて、なかなか上手に書けなかったけれど、だんだんとコツを掴んで、一学期の間に上手にまとめられるようになったと思う。
今では書記の仕事だけではなくて、栗栖君の広報紙作りを手伝ったりもしている。毎月発行される広報紙には、各月に行われる行事のことや、各委員会から寄せられた情報が書かれている。新聞みたいで面白い。
三次先輩ともすっかり読書友達になって、なんだか去年からは考えられないくらい、私の世界は変わった。憧れだけだった世界に実際に触れているような、そんな感覚がする。
「そうだ、十一月の文化祭で、有志バンドのステージがあるだろ?」
「あ、去年見ましたよ! 先輩たち、すごく格好良かったです!」
去年のステージ、睦美先輩が真ん中で歌って、りんちゃんがベースを弾いて、三次先輩がギターを弾いて……すごく素敵だった……。
思えば、あの時にはすでに二人は両思いだったのかもしれない。
「それでね、って聞いてる?」
「え、あ、はい!」
「あはは、聞いてなかったでしょう?」
三次先輩がおかしそうに笑う。私は恥ずかしくなって顔が熱かった。先輩の話を聞き逃すなんて……。
「あのね、今年は山本さんに歌ってもらおうかなって思ってるんだ」
……。
「え!」
一瞬殴られたみたいに頭が真っ白になって、それから月のない夜のように目の前が真っ暗になった。
「君に歌ってもらいたいなって凛太郎と話してるんだ」
「無理です! 絶対に無理です。私音痴なんです、歌は好きだけど……人前で歌うとか無理です、それだけは絶対に無理です」
『変な声――』
頭の中に、声が響く。人前で歌うなんて絶対に嫌だ。また、あんな風になってしまう。
「そうなの? 凛太郎が君は歌が上手だって言ってたよ」
「りんちゃんは私に意地悪してるんですよ。恥をかかせて笑い者にするつもりなんです」
「そうかなぁ」
ひどいよ、りんちゃん。知ってるじゃん。私があがり症なこと、人前で歌えないこと――なんでそんなこと言うのかな……なんで、そんないじわるばっかりするの。
あの日のことが嫌でも思い浮かぶ。
もともとあがり症だった私が、人前に出すのが怖くなったのは小学三年生の時。文化祭で歌を歌った時のこと。
基本的には合唱だけど、一人一人ソロパートを振られて、みんなの前で一人ずつマイクに向かって一フレーズずつ歌うことになったのだ。
あの日まで、私は歌うことがけっこう好きだった。いや、大好きだった。
でも――。
超あがり症の私は、文化祭当日、マイクの前で頭が真っ白になってしまった。たくさんたくさん練習したはずなのに、やっとの思いで発した声は、完全に裏返ってしまって、メロディも練習とはかけ離れたひどいものになっていた。マイクを通して聴こえてくる自分の声が、酷く滑稽だったのを覚えている。
歌い終わってからクラスの男の子がすごく笑って、「おまえ、変な声だな」「歌下手だったんだな」「今まで口パクしてたのか」って――。
文化祭のあとからかわれて本当に嫌だった。からかわれようはなかなかひどいもので──思い出すだけでも頭が痛くなる。一週間くらいでぴたっと収まりはしたんだけど、一週間でよくもまぁでピタリとおさまったなって感じ。下手したら卒業までかわかわれたよ――。
あの日から、人前では絶対に歌わないって決めている。
生徒会での活動を通して、少しずつ自信が持てるようになったのに。それなのに、人前で歌ったりしたら積み上げた自信がまた崩れてしまう。
わかってるくせに。りんちゃんはやっぱり意地悪だ。もしかしたら、ずっと私に意地悪をしてきたのかもしれない。挨拶だって、体育祭の放送だって、失敗すればいいって――そう思っていたのかもしれない。
思わず視界が滲む。三次先輩が心配そうな顔で私を見ているのが目の端に写った。にっこりと、無理をして笑う。
「ごめんなさい、私には無理です。睦美先輩を誘ってください。去年、すごく素敵だったから、今年もみんな睦美先輩の歌を聞きたいんじゃないかと思います。私も――」
断った。もう一度失敗したら、もう立ち直れないような気がするから。せっかく一年かけて積み上げてきた小さな自信が、全部壊れて消えてしまうような気がしたから。
その夜、壁がドンドンって叩かれて、勉強していた私は驚いた。りんちゃんが壁を叩いてくるなんて、いつぶりだろう。最近はもうベランダで話をすることなんてなくなった。
私は少し悩んだけれど、何度も何度も叩いてくるので仕方なくベランダに出る。
「なに?」
思わず不機嫌な声が出た。りんちゃんがベランダに出てきたのを確認してから、仕切りを押す。そろそろこの仕切りも直してもらおうかな。
「おまえ、広樹の話断ったろ」
りんちゃんの言葉に、私は思わず大きな声が出る。
「当たり前でしょう! りんちゃん、意地悪だよ。私が恥をかけばいいって思ってるんでしょう? 私のこと嫌いなのわかるけど、意地悪するなんてお子様だよ! もう中三なのに」
ちょっと声が大きくなる。私ははっとして口元を押さえて、声のボリュームを抑えた。
「とにかく、もう話しかけてこないで。睦美先輩も嫌がるかもしれないじゃん」
「なんで?」
「なんでじゃないよ! 彼女のことちゃんと考えてあげなよ! 他の女の子と話してるときっと嫌だよ」
「あのさ、何言ってるか全然わかんないんだけど。梶原、全然関係ないじゃん」
「関係あるよ。りんちゃんこそ何言ってるの? 最低だよ!」
私はそう言い放つと、部屋の中に戻って窓の鍵をかけた。もう、りんちゃんは壁を叩いてこなかった。
イライラしてりんちゃんに当たってしまった。だって、りんちゃんが意地悪だから――。全部、りんちゃんのせいだ。
私はりんちゃんに追いつかれないように、家を早く出るようになった。おかげで早起きになったし、朝、学校でゆっくりできる。その時間を利用して、文化祭で作るアクセサリーのデザインを始めた。
「山本さんを生徒会に誘ってから一年経つねぇ、なんかあっという間だったな~」
放課後、窓を開け放った生徒会室でぱらぱらと本をめくりながら、三次先輩が感慨深そうにつぶやく。
「本当に、あっという間でした。自分が生徒会委員になるなんて、去年の私は全然想像していませんでしたよ」
「あはは、でも楽しかっただろう? 山本さん、合ってると思うよ生徒会」
「楽しいですけど、合ってるかどうかは別問題ですよ」
私は四月からまとめた議事録を見ていた。始めは慣れなくて、なかなか上手に書けなかったけれど、だんだんとコツを掴んで、一学期の間に上手にまとめられるようになったと思う。
今では書記の仕事だけではなくて、栗栖君の広報紙作りを手伝ったりもしている。毎月発行される広報紙には、各月に行われる行事のことや、各委員会から寄せられた情報が書かれている。新聞みたいで面白い。
三次先輩ともすっかり読書友達になって、なんだか去年からは考えられないくらい、私の世界は変わった。憧れだけだった世界に実際に触れているような、そんな感覚がする。
「そうだ、十一月の文化祭で、有志バンドのステージがあるだろ?」
「あ、去年見ましたよ! 先輩たち、すごく格好良かったです!」
去年のステージ、睦美先輩が真ん中で歌って、りんちゃんがベースを弾いて、三次先輩がギターを弾いて……すごく素敵だった……。
思えば、あの時にはすでに二人は両思いだったのかもしれない。
「それでね、って聞いてる?」
「え、あ、はい!」
「あはは、聞いてなかったでしょう?」
三次先輩がおかしそうに笑う。私は恥ずかしくなって顔が熱かった。先輩の話を聞き逃すなんて……。
「あのね、今年は山本さんに歌ってもらおうかなって思ってるんだ」
……。
「え!」
一瞬殴られたみたいに頭が真っ白になって、それから月のない夜のように目の前が真っ暗になった。
「君に歌ってもらいたいなって凛太郎と話してるんだ」
「無理です! 絶対に無理です。私音痴なんです、歌は好きだけど……人前で歌うとか無理です、それだけは絶対に無理です」
『変な声――』
頭の中に、声が響く。人前で歌うなんて絶対に嫌だ。また、あんな風になってしまう。
「そうなの? 凛太郎が君は歌が上手だって言ってたよ」
「りんちゃんは私に意地悪してるんですよ。恥をかかせて笑い者にするつもりなんです」
「そうかなぁ」
ひどいよ、りんちゃん。知ってるじゃん。私があがり症なこと、人前で歌えないこと――なんでそんなこと言うのかな……なんで、そんないじわるばっかりするの。
あの日のことが嫌でも思い浮かぶ。
もともとあがり症だった私が、人前に出すのが怖くなったのは小学三年生の時。文化祭で歌を歌った時のこと。
基本的には合唱だけど、一人一人ソロパートを振られて、みんなの前で一人ずつマイクに向かって一フレーズずつ歌うことになったのだ。
あの日まで、私は歌うことがけっこう好きだった。いや、大好きだった。
でも――。
超あがり症の私は、文化祭当日、マイクの前で頭が真っ白になってしまった。たくさんたくさん練習したはずなのに、やっとの思いで発した声は、完全に裏返ってしまって、メロディも練習とはかけ離れたひどいものになっていた。マイクを通して聴こえてくる自分の声が、酷く滑稽だったのを覚えている。
歌い終わってからクラスの男の子がすごく笑って、「おまえ、変な声だな」「歌下手だったんだな」「今まで口パクしてたのか」って――。
文化祭のあとからかわれて本当に嫌だった。からかわれようはなかなかひどいもので──思い出すだけでも頭が痛くなる。一週間くらいでぴたっと収まりはしたんだけど、一週間でよくもまぁでピタリとおさまったなって感じ。下手したら卒業までかわかわれたよ――。
あの日から、人前では絶対に歌わないって決めている。
生徒会での活動を通して、少しずつ自信が持てるようになったのに。それなのに、人前で歌ったりしたら積み上げた自信がまた崩れてしまう。
わかってるくせに。りんちゃんはやっぱり意地悪だ。もしかしたら、ずっと私に意地悪をしてきたのかもしれない。挨拶だって、体育祭の放送だって、失敗すればいいって――そう思っていたのかもしれない。
思わず視界が滲む。三次先輩が心配そうな顔で私を見ているのが目の端に写った。にっこりと、無理をして笑う。
「ごめんなさい、私には無理です。睦美先輩を誘ってください。去年、すごく素敵だったから、今年もみんな睦美先輩の歌を聞きたいんじゃないかと思います。私も――」
断った。もう一度失敗したら、もう立ち直れないような気がするから。せっかく一年かけて積み上げてきた小さな自信が、全部壊れて消えてしまうような気がしたから。
その夜、壁がドンドンって叩かれて、勉強していた私は驚いた。りんちゃんが壁を叩いてくるなんて、いつぶりだろう。最近はもうベランダで話をすることなんてなくなった。
私は少し悩んだけれど、何度も何度も叩いてくるので仕方なくベランダに出る。
「なに?」
思わず不機嫌な声が出た。りんちゃんがベランダに出てきたのを確認してから、仕切りを押す。そろそろこの仕切りも直してもらおうかな。
「おまえ、広樹の話断ったろ」
りんちゃんの言葉に、私は思わず大きな声が出る。
「当たり前でしょう! りんちゃん、意地悪だよ。私が恥をかけばいいって思ってるんでしょう? 私のこと嫌いなのわかるけど、意地悪するなんてお子様だよ! もう中三なのに」
ちょっと声が大きくなる。私ははっとして口元を押さえて、声のボリュームを抑えた。
「とにかく、もう話しかけてこないで。睦美先輩も嫌がるかもしれないじゃん」
「なんで?」
「なんでじゃないよ! 彼女のことちゃんと考えてあげなよ! 他の女の子と話してるときっと嫌だよ」
「あのさ、何言ってるか全然わかんないんだけど。梶原、全然関係ないじゃん」
「関係あるよ。りんちゃんこそ何言ってるの? 最低だよ!」
私はそう言い放つと、部屋の中に戻って窓の鍵をかけた。もう、りんちゃんは壁を叩いてこなかった。
イライラしてりんちゃんに当たってしまった。だって、りんちゃんが意地悪だから――。全部、りんちゃんのせいだ。

