「えー! クーラー壊れてるじゃん!」
翌日、私は部屋のクーラーに手をかざして叫んだ。全然冷たい空気が出てきてない。これから暑さの増す八月だって言うのに、クーラーがないなんて信じられない。お母さんが修理屋さんに電話してくれたけど、直るのに一週間くらいかかるみたい。
「リビングで勉強するから、そのときだけテレビとか消してよ~」
リビングでアイスコーヒーを飲んでいる母さんに懇願すると、お母さんは嫌そうな顔をした。
「えぇ? 昼間は取り貯めたドラマも消化しないといけないし」
もう、娘の学業とドラマとどっちが大事なの!? でも、リビングにいると足元にマシュマロもまとわりついてくるし、気が散って勉強にならないかも──なんて思っていると、夏休みで帰ってきているお姉ちゃんがパンって掌を叩いた。
「私、良いこと思いついた! お隣で凛太郎君と一緒に勉強したらいいじゃない? わからないところ教えてもらえるし、一石二鳥~」
「えぇ! 嫌だよ。絶対に嫌! それなら図書館に行くし、そもそもりんちゃんに嫌がられるよ。迷惑だよ」
「図書館遠いじゃない。私がお願いしてあげる」
「それも嫌だよ。自分のことは自分でやるから……」
お姉ちゃんは大丈夫大丈夫って言いながら私が止めるのも聞かずにお隣に行ってしまった。
「ちょっと! 待ってよ新奈ちゃん!」
いや、でも冷静に考えると、りんちゃんにお断りされる可能性がとても高いじゃない。ほら、睦美先輩が家に来るかもしれないし……私を部屋になんて呼べないよ。そう思うと何だろう、心の奥がチクリと痛む。もう、里桜ちゃんが変なこと言ったせいだよ。
「奈瑠~凛太郎君も凛太郎ママもオッケーだって!」
ステップを踏むように軽やかな足取りでお姉ちゃんが帰ってきた。そんな……バカな!
「凛太郎ママも、奈瑠がいたら凛太郎君が真面目に勉強するかもって大歓迎してたよ」
「りんちゃんがオッケーするなんてありえないよ!」
「そんなことないって。ほらほら早く着替えて行ってらっしゃいよ。あ、お姉ちゃんがリップでも塗ってあげようか?」
お姉ちゃんを振り払って、私は洗面所に向かう。顔を洗って、鏡を見た。りんちゃんとどんな顔をして会ったらいいのかな……なんて、私、何考えてるんだろう。いつも通りにすればいいんだ。そもそも私なんて、女の子として見られてないだろうし。パンって頬を叩いた。
なに悩んでるんだろう。いつも通りにしたらいいんだよ。だって、りんちゃんは私が睦美先輩との会話を聞いてることなんて知らないんだから。いや、仮に知っていても普通にしたらいいんだよ。だって、ただの幼馴染じゃん。ただの、お隣さんじゃん。
「お邪魔します」
普段着よりも気持ちおしゃれな格好をして私はりんちゃんの家にお邪魔する。お隣に行くだけなのに、お姉ちゃんが嬉々として洋服を選んでくれたりするから時間がかかってしまった。
「いらっしゃい奈瑠ちゃん! なんだかすっかりお姉さんねぇ。もう中学二年生なんだもんねぇ、早いわぁ、あ、後でジュースとお菓子持っていくからね」
「あ、ありがとうございます」
りんちゃんママがにっこりと微笑みながら迎えてくれて、りんちゃんの部屋の扉をノックもせずに開けてしまった。
凛ちゃんがベッドに転がって漫画の本を読んでいる。
「ちょっと凛太郎。奈瑠ちゃん来てくれたから少しはちゃんと勉強しなさいよ」
りんちゃんは「はいはい」って気のない返事をする。こうやって家ではダラダラしてるのかもしれないけど、りんちゃんは成績が良いんだって聞いた。この姿を見たらとてもじゃないけど信じられないけど、小学校の時から頭良かったんだよね。
「急にごめんね」
「別にいいけど」
昔遊びに来ていたときよりも、ぐっと大人っぽくなったりんちゃんの部屋──壁にはモノトーンのカレンダー、棚の上にステレオ、机の上には黒いパソコンとヘッドフォン──どれも黒やグレーを基調としたものばかり。隅に置いてあるバレーのボールだけが、鮮やかな青と黄色だった。
「おい、人の部屋のジロジロ見んな」
「ご、ごめん。男の子の部屋って珍しくて……」
「あっそ」
私がローテーブルに勉強道具を広げているというのに、りんちゃんはベッドの上で漫画を読んでばかり。なんで一緒に勉強しないのと思いつつも、この部屋の主はりんちゃんだ。私には学習場所として涼しい部屋を提供してくれているわけで、私が勉強しているからと言って、りんちゃんも一緒に勉強しないといけないわけじゃない。
良いのかな……って思いが頭の中を掠める。私がこうやってりんちゃんの部屋にいるってわかったら、彼女の睦美先輩は嫌だよね……。
宿題に集中できずに、私はシャーペンを置いた。
「ねぇ、りんちゃん」
そう声をかけるとりんちゃんが「ん?」ってベッドに転がったままこっちを向く。
「睦美先輩と仲良し……だよね? 私、ここにいちゃいけなくない?」
静かな部屋にクーラーから流れ出る風の音が響く。「付き合ってるよね」って聞けない。確信を持つのが怖いと思ってしまうのは、なんでだろう。ワンテンポ遅れて、りんちゃんが口を開いた。
「なんだよそれ? おまえに関係なくない?」
「そうだけど……」
りんちゃんは不機嫌そうに漫画に視線を戻す。あぁ、やっぱり付き合い始めたんだなって思うと、心のがずんと痛くなった。なんでだろう。こんな気持ち、今までなったことがないよ。
「おまえ、ただクーラーの効いた部屋借りに来ただけだろ? そう思うなら来るなよ」
本当にそうだ。その通りだ。初めから来るべきじゃなかった。
「ごめん、帰るね」
私は勉強道具を抱えてりんちゃんの部屋を出た。リビングの椅子に座っていたりんちゃんママが不思議そうな顔をして顔を上げる。
「あら、奈瑠ちゃんどうしたの? もうすぐジュース持っていくよ?」
「ごめんなさい、ちょっと忘れ物しちゃって……あ、あの、ありがとうございました」
逃げるように隣に戻って、鞄の中に勉強道具を詰め込むと、家を出て自転車に乗る。クーラーが直るまで、図書館で勉強をしよう。はじめからそうしていたら良かった。鼻の奥がつんとして痛い。
翌日、私は部屋のクーラーに手をかざして叫んだ。全然冷たい空気が出てきてない。これから暑さの増す八月だって言うのに、クーラーがないなんて信じられない。お母さんが修理屋さんに電話してくれたけど、直るのに一週間くらいかかるみたい。
「リビングで勉強するから、そのときだけテレビとか消してよ~」
リビングでアイスコーヒーを飲んでいる母さんに懇願すると、お母さんは嫌そうな顔をした。
「えぇ? 昼間は取り貯めたドラマも消化しないといけないし」
もう、娘の学業とドラマとどっちが大事なの!? でも、リビングにいると足元にマシュマロもまとわりついてくるし、気が散って勉強にならないかも──なんて思っていると、夏休みで帰ってきているお姉ちゃんがパンって掌を叩いた。
「私、良いこと思いついた! お隣で凛太郎君と一緒に勉強したらいいじゃない? わからないところ教えてもらえるし、一石二鳥~」
「えぇ! 嫌だよ。絶対に嫌! それなら図書館に行くし、そもそもりんちゃんに嫌がられるよ。迷惑だよ」
「図書館遠いじゃない。私がお願いしてあげる」
「それも嫌だよ。自分のことは自分でやるから……」
お姉ちゃんは大丈夫大丈夫って言いながら私が止めるのも聞かずにお隣に行ってしまった。
「ちょっと! 待ってよ新奈ちゃん!」
いや、でも冷静に考えると、りんちゃんにお断りされる可能性がとても高いじゃない。ほら、睦美先輩が家に来るかもしれないし……私を部屋になんて呼べないよ。そう思うと何だろう、心の奥がチクリと痛む。もう、里桜ちゃんが変なこと言ったせいだよ。
「奈瑠~凛太郎君も凛太郎ママもオッケーだって!」
ステップを踏むように軽やかな足取りでお姉ちゃんが帰ってきた。そんな……バカな!
「凛太郎ママも、奈瑠がいたら凛太郎君が真面目に勉強するかもって大歓迎してたよ」
「りんちゃんがオッケーするなんてありえないよ!」
「そんなことないって。ほらほら早く着替えて行ってらっしゃいよ。あ、お姉ちゃんがリップでも塗ってあげようか?」
お姉ちゃんを振り払って、私は洗面所に向かう。顔を洗って、鏡を見た。りんちゃんとどんな顔をして会ったらいいのかな……なんて、私、何考えてるんだろう。いつも通りにすればいいんだ。そもそも私なんて、女の子として見られてないだろうし。パンって頬を叩いた。
なに悩んでるんだろう。いつも通りにしたらいいんだよ。だって、りんちゃんは私が睦美先輩との会話を聞いてることなんて知らないんだから。いや、仮に知っていても普通にしたらいいんだよ。だって、ただの幼馴染じゃん。ただの、お隣さんじゃん。
「お邪魔します」
普段着よりも気持ちおしゃれな格好をして私はりんちゃんの家にお邪魔する。お隣に行くだけなのに、お姉ちゃんが嬉々として洋服を選んでくれたりするから時間がかかってしまった。
「いらっしゃい奈瑠ちゃん! なんだかすっかりお姉さんねぇ。もう中学二年生なんだもんねぇ、早いわぁ、あ、後でジュースとお菓子持っていくからね」
「あ、ありがとうございます」
りんちゃんママがにっこりと微笑みながら迎えてくれて、りんちゃんの部屋の扉をノックもせずに開けてしまった。
凛ちゃんがベッドに転がって漫画の本を読んでいる。
「ちょっと凛太郎。奈瑠ちゃん来てくれたから少しはちゃんと勉強しなさいよ」
りんちゃんは「はいはい」って気のない返事をする。こうやって家ではダラダラしてるのかもしれないけど、りんちゃんは成績が良いんだって聞いた。この姿を見たらとてもじゃないけど信じられないけど、小学校の時から頭良かったんだよね。
「急にごめんね」
「別にいいけど」
昔遊びに来ていたときよりも、ぐっと大人っぽくなったりんちゃんの部屋──壁にはモノトーンのカレンダー、棚の上にステレオ、机の上には黒いパソコンとヘッドフォン──どれも黒やグレーを基調としたものばかり。隅に置いてあるバレーのボールだけが、鮮やかな青と黄色だった。
「おい、人の部屋のジロジロ見んな」
「ご、ごめん。男の子の部屋って珍しくて……」
「あっそ」
私がローテーブルに勉強道具を広げているというのに、りんちゃんはベッドの上で漫画を読んでばかり。なんで一緒に勉強しないのと思いつつも、この部屋の主はりんちゃんだ。私には学習場所として涼しい部屋を提供してくれているわけで、私が勉強しているからと言って、りんちゃんも一緒に勉強しないといけないわけじゃない。
良いのかな……って思いが頭の中を掠める。私がこうやってりんちゃんの部屋にいるってわかったら、彼女の睦美先輩は嫌だよね……。
宿題に集中できずに、私はシャーペンを置いた。
「ねぇ、りんちゃん」
そう声をかけるとりんちゃんが「ん?」ってベッドに転がったままこっちを向く。
「睦美先輩と仲良し……だよね? 私、ここにいちゃいけなくない?」
静かな部屋にクーラーから流れ出る風の音が響く。「付き合ってるよね」って聞けない。確信を持つのが怖いと思ってしまうのは、なんでだろう。ワンテンポ遅れて、りんちゃんが口を開いた。
「なんだよそれ? おまえに関係なくない?」
「そうだけど……」
りんちゃんは不機嫌そうに漫画に視線を戻す。あぁ、やっぱり付き合い始めたんだなって思うと、心のがずんと痛くなった。なんでだろう。こんな気持ち、今までなったことがないよ。
「おまえ、ただクーラーの効いた部屋借りに来ただけだろ? そう思うなら来るなよ」
本当にそうだ。その通りだ。初めから来るべきじゃなかった。
「ごめん、帰るね」
私は勉強道具を抱えてりんちゃんの部屋を出た。リビングの椅子に座っていたりんちゃんママが不思議そうな顔をして顔を上げる。
「あら、奈瑠ちゃんどうしたの? もうすぐジュース持っていくよ?」
「ごめんなさい、ちょっと忘れ物しちゃって……あ、あの、ありがとうございました」
逃げるように隣に戻って、鞄の中に勉強道具を詰め込むと、家を出て自転車に乗る。クーラーが直るまで、図書館で勉強をしよう。はじめからそうしていたら良かった。鼻の奥がつんとして痛い。

