ミントに焦がれるチョコレート 幼なじみは甘くない

 クラスマッチが終わると、今度は体育祭がある。体育祭をメインで運営するのは体育祭運営委員なので、生徒会は直接関与しない。
 だから生徒会の仕事はないんだけど、体育祭の練習がある。私は鈍くさいなりに結構楽しいなって思うんだけど、里桜ちゃんは本当に嫌そうな顔をしていた。

 授業が終わって帰るときに、しとしと、しとしとって、雨が降り始めた。私は仕方なく自転車を置いて、バスで帰ることにする。
 グラウンドでは体育祭の準備をしていた子たちが逃げるように校舎へ走っていく姿が見えた。
 今年の梅雨は少し早い。体育祭、雨が降らないと良いけれど――。

 雨の影響で練習もあまりできないまま体育祭の日はやって来た。数日雨が続いたけれど、今日は晴れ。私はジャージとTシャツを着て自転車をこぐ。いつもの信号で、りんちゃんが背中をどんっと叩いてきた。

「よう、鈍くさ奈瑠は何に出るんだよ」
「そんなに鈍くさくないですー! 障害物競争と大玉転がし~」
「小麦粉まみれになったらちっとは色が白くなっていいかもな」
「もう、りんちゃん!」

 りんちゃんはケラケラとおかしそうに笑いながら自転車をこいでいってしまう。もう、一緒に行けば良いのに!

学校に着いたら、ジャージにTシャツ姿の三次先輩と自転車に乗ったままのりんちゃんが何か話し込んでいた。「おはようございます」って挨拶をすると。三次先輩はにっこりと笑って手を振ってくれる。すごく素敵! 今日もいい日になりそう。だけど、あっという間に暗雲が立ち込める。

(おせ)ぇよ。おい、奈瑠。おまえ今日の放送やれ」
「え!」

 りんちゃんの無茶ぶりに三次先輩に助けを求めるように見ると、先輩が事情を話してくれた。

「体育祭運営委員会の子が何人か風邪ひいちゃって休んでるみたいなんだ。人手が足りなくて困ってるから、俺たちも手伝うことにしようって話してて」
「俺と広樹は招集とか、グラウンド内駆け回る仕事手伝うつもりでいる。プログラム通りに放送かけるのはおまえに頼む」
「え……」

 そんな急に言われても……人前でマイクを使って放送するなんて……考えただけでもぞっとする。

「できるだろ、講堂でも言えただろ。やれ」
「やれって……」

 その言い方はなんなのだ。人にものを頼む態度がなってないよりんちゃん! そもそも自分の大きな声が響き渡るのは嫌だ。スピーカーから自分の声が聞こえてくると嫌なことを思い出してしまいそうだ。

 でも――。

 三次先輩も困ったような顔をしているし、体育祭が上手くいかないなんてことがあってはいけない。運営の子たちや応援の子たちを始め、みんなこの日のために色々練習してきたのだ。
 私にもできることがあるならやらなくちゃ……! 私はぐっと奥歯を噛み締めた。

「わかりました、やります」

 三次先輩の顔が、ぱっと明るくなる。りんちゃんも口の端をにっと持ち上げた。

「ありがとう山本さん、すごく助かるよ!」
「進行に問題がないようにします。放送用のプログラム、見せてもらえますか?」

 きっと、できる。だって、みんなの前で挨拶できたじゃない。大丈夫。自分を信じて、私。

 放送席のある本部テントに行くと、三年生の先輩が声をかけて来た。

「手伝ってもらってごめんね運営で予行練習の日があったんだけど急に土砂降りの雨が降ってきて、それで風邪ひいた子がでちゃって……」
「山本です、よろしくお願いします」
「山本さん! ありがとう、すごく助かるよ~! 放送の予定だった子、来てくれてるんだけど、声が嗄れちゃってて……。私、動き回ってるけど、基本的にここに戻ってくるから、わからないことがあったらなんでも聞いて! 山本さんが競技の間は私が放送するから」
「ありがとうございます、心強いです」

 それは心強い。困ったことがあったら一人で悩まずに相談できる。

「私、一年生のときから運営委員になってて、今年が最後の体育祭だから。こんな状況だけど、なんとか成功させたいんだよね」
「私も協力します」
「ありがとう、よろしく!」

 ありがとう――その言葉がとても嬉しい。頑張ろうって気合が入る。私は一度自分のクラスのテントに戻って、里桜ちゃんに断りを入れてから本部テントに戻った。
 椅子に座り、マイクを前に深呼吸する。ゆっくりと息を吐いてから渡してもらったプログラムを読み上げる。

「こ、これから、開会式を始めます。各自、クラスの名前が書いてあるプレートの前に並んでください」

 わずかに震えた声が響く。『変な声――』頭の中で声が響いた。雑念を振り払うためにぶんぶんと頭を振る。もう忘れろ、私――! 開会宣言をするために、体育祭運営委員長が前に出た。

「かい――」

 どうしよう、次の言葉が出てこない……!

「大丈夫だ、ゆっくり話せ。ゆっくりすぎるくらいでいい」

 いつの間にか、りんちゃんが本部テントに来てくれていた。私はこくんとうなずいて、アナウンスを続ける。

「開会宣言です。体育祭運営委員長お願いします」

 大丈夫、できるよ、私――!

 体育祭は時間どおりに進んでいく。お昼休憩に入って、やっと一息。私はお母さんとお父さんがいる観覧席にご飯を食べに行った。近くに光の家族と里桜ちゃんの家族もいて、ビニールシートをくっつけている。

「放送してたの奈瑠じゃない? スピーカーから突然あんたの声がしてびっくりしたわよ」

 お母さんが楽しそうに笑う。もう、笑い事じゃないよ。私は必死。

「引っ込み思案のあんたが学校でいろんな事やってて驚くわ」
「生徒会も頑張ってますよ~おかげで手芸部の時間が減って私は悲しいです」

 里桜ちゃんが大げさに嘆いて見せて、光がケラケラと笑った。

「文化祭が近くなったら手芸部の方にもっと行くから!」
「あはは、ごめんごめん。確かに寂しいけど、奈瑠は頑張ってるもんねぇ、小学校の時よりも楽しそうな気がするし、生徒会入って良かったって思うよ」

 里桜ちゃんの言葉がとても嬉しい。私も入って良かったと思う。誘ってくれた三次先輩と、一応りんちゃんにもお礼を言わないといけない。

「おい奈瑠、あんまりがつがつ食うと眠くなるぞ」

 りんちゃんが私のお弁当のサンドイッチを奪って食べていく。

「それ、私が大好きなハムサンド! 最後に残してたのに!」
「おばさん、ごちそうさまでした。旨かったです」
「あら、お粗末様。もっと食べて行ってもいいのよ」
「そうしたいんですけど次の競技があって、失礼します」

 りんちゃんは律儀にお母さんにお礼を言ってどこかに行ってしまった。

「もう! 私のサンドイッチ……」

 前言撤回。りんちゃんにお礼は言わなくてよろしい。

「凛太郎君のご両親、今日は来られないみたいだから大目に見てやりなさいよ」
「どう大目に見ろって言うのよ……! 私のお皿からじゃなくて、ランチボックスの方からとっていけばいいのに」

 今度から学校で食べるときは好きなものを最初に食べようと私は心に固く誓った。

「今日は本当にありがとう」

 閉会式が終わって、体育祭実行委員長が目に涙をためながらお礼を言ってくれる。そんなに大層なことはしていないのにって、ちょっと恥ずかしくなる。やって良かった。

「こちらこそ、いい経験が出来ました」
「素敵な放送だったよ」
「本当……ですか?」
「うん、良い声だった。はっきりとしてて聞き取りやすくてすごく良かったよ」

 信じられない。嬉しい――!

 何度もお礼を言ってくれる先輩と別れてから、私は温かな気持ちで教室に向かう。今日の放送で、また少し自信を持てた気がする。

 温かな気持ちを抱えて教室に帰る途中、部室棟の裏から声が聞こえた。睦美先輩の声だ。

「睦美先輩……?」

 その向かいに誰かいる。ちょっと前に行くと、その人の顔が見えた。

「りんちゃんだ……」

 バレンタインデーのときと同じ光景だ。でも、今度はちょっと雰囲気が違う。なんだろう、もっと、そう、深刻な雰囲気?

「私と、付き合ってほしいの」

 睦美先輩がそう言ったのがはっきりと聞こえた。私は思わず声をあげそうになって、必死で口を押える。

「九条君のことが好きなの」

 誰かが本意で告白するのを初めて聞いた。睦先輩の声が不安そうに震えている気がする。誰かが誰かを好きになる気持ちは、こんなにもきれいな音なのだ。

 りんちゃん。なんて答えるんだろう。心臓が、ドキドキとうるさい。なにやってるの、こんな盗み聞きみたいなこと――でも、足が動かない。

「俺も梶原のこと好きだ──」

 はっきりとしたりんちゃんの声。聞いてしまった――。

 ここにいちゃだめだ。私は金縛りから解かれたように反射的に足を動かして駆け出す。一気に教室まで走ると、大きく深呼吸をする。息をすることを忘れていた。苦しいはずだ。里桜ちゃんと光が驚いたような顔をして私を見ている。

「どうしたの奈瑠、そんなに慌てなくても置いて帰んないよ~」
「うん……待たせちゃったなって思って、帰ろう」

 誰かが、誰かのことを好きだって告白しているのを、初めて聞いた。ずっとドキドキしてる。なんでだろう。りんちゃんのこと、好きなわけじゃないのに、ショックだった。なんでだろう。