月と桜とハイヒール


 一晩が経ち、朝陽の眩しさで目が覚めてしまった。今日は日曜日なので、まだ眠れたはずなのに。
 遮光カーテンが閉まっていないレースのカーテンを睨みつける。

(昨日、閉め忘れた。たぶん動揺してたせい、だ……)

 昨日のことを思い出してしまった芽依は、また、のたうち回った。

(掃除、掃除しよう!)

 ガバッと勢い良く立ち上がった芽依は、朝食もそこそこに、普段は掃除をしない場所まで磨いた。

「はぁ……」

 これだけ精神統一のように掃除をしても、恥ずかしさは収まらなかった。

(こうなれば、あれだ。あれしかない)

 芽依はサッとシャワーを浴びて、白いブラウスに紺色のサロペットを身に付け、髪は緩くお団子に纏めた。
 もう陽が傾き始めている。

(これだけでは、ちょっと寒いかな……)

 防寒対策に、厚めのグレイのロングニットを羽織った。鍵とスマホ、財布とタオルハンカチだけを入れたミニショルダーを持ち、玄関まで向かう。
そして、少し迷ってから、ヒールの低い靴を履いた。

 昨日の今日で、細い五センチヒールを履く勇気はなかった。

 少し歩いて、大きな桜の木が見えるとホッとした。

(ここに来れば、この気恥ずかしさも薄れるよね)

 ドアを開けると、いつもと変わらないコーヒーの香りに包まれる。芽依は無意識に深呼吸をした。

(よし。窓際の席、空いてる!)

 チラッと席を確認してから、まっすぐレジに向かう。休日のオフィス街は閑散としているため、店内もゆったりとした時間が流れている。これなら、リラックスできるだろう。