この状況をどうしたら良いものかと芽依が逡巡していると、「あー」と短く呟いた男性に靴を脱がされ硬直する。
「あ、あのっ!」
「すみません。少しだけ待ってくださいね。良ければ、僕の膝に足を乗せていてください」
「そんなわけには……」
夏ではないとはいえ、数時間は歩いた足だ。いや、そうではなくとも、見ず知らずの人の膝に足を乗せるなんてことは、とてもできない。
「構いませんから」
電車の中で立っているように、フラフラしていた芽依の足首を掴んだ男性は、やや強引に自分の膝に乗せた。
「ひっ」
驚いた芽依は思わず変質者に会ったような声を出してしまい、申し訳なくなった。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ」
一度こうなってしまえば、お礼を伝えるほかない。
その、ほんのわずか数秒後、カコンッと音を鳴らしてヒールが溝から抜けた。芽依は安堵のため息をもらす。
「ありがとうございます。助かりました」
これで、この小っ恥ずかしい状況から逃れることができる――。
しかし、事はそれだけでは済まなかった。
ヒールが折れていないかなど靴の不具合をサッと確かめた男性は、再び芽依の足に手を添えて丁寧に履かせた。
(ギャー! 何だ、このシンデレラ待遇は!)
麗香に見られでもしたら、大変なことになる。
靴を買いに行った際に店員にしてもらうものとは、あまりにも状況が異なる。周囲の女性がヒソヒソと話す声も、わずかに大きくなっていることに、この男性は気付かないのだろうか。
(ありがたいです! 助かりました! でも、アラサーには刺激が強すぎます……!)
早くこの場から立ち去りたい思いで、芽依は深々と頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうございます。助かりました! 手を汚してしまって、すみません……。では、これで失礼します。本当にありがとうございました」
そして、芽依は足早に帰宅すると、荷物を玄関に放ったまま、ベッドでゴロゴロとのたうち回った。
「あー! 恥ずかし過ぎるっ!!」
今日はお風呂に入って寝てしまおう。そして、今日のことは忘れよう。そう決めた芽依は、浴室へと向かった。
