月と桜とハイヒール

 
 休日、芽依は切れかかっている日用品を買いに出かけた。
 
 トイレットペーパーにボックスティッシュ、その他もろもろ。
なぜ紙類は、ほぼ同時に使い切ることが多いのだろうか……。しかも、わりと重い。

 こんな日にまで、五センチヒールを履いてきてしまった自分を恨む。
しかし、習慣になり始めているのなら良い傾向だ、と自分を慰めた。

 そんな風に思いながら歩いていると、カコッと足を後ろに引っ張られ、前に転びそうになった。

 恐る恐る振り返って足元を見ると、案の定だ。ヒールが歩道の溝に挟まっていた。
 
 歩道には、タイルを並べたように僅かな溝があることが多い。そこに挟まると、引き抜くのにとても苦労する。ヒールが折れてしまうことすらあるくらいだ。

 経験したことがある人も、それなりにいるのではないだろうか。

 そして、この状況は、わりと恥ずかしい。歩道の真ん中で、もがく姿は笑いを誘う。転ばなかったことが、不幸中の幸いだろうか。

 トイレットペーパーを持ちながら息を切らして、足を上げたり、前方に引っ張ったりしていると、若い男性に声をかけられた。

「大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です――」

 本当は少しも大丈夫ではないのだが、このような時に「大丈夫」だと答えるのは日本人の癖らしい。

 芽依に声をかけたのは、かなり顔の造りが整った男性だった。クスクスと笑っていた女性たちの視線が、一気に羨望や恨めしさに変わる。