「折原先生!!」

木製のベンチが置かれた中庭で、桜士はフラフラと歩く藍に声をかけた。春や夏には美しい花が植えられていたのであろう花壇は、今は冬枯れて寂しいものになっている。その花壇はまるで、今の藍の心を映しているように桜士には見えた。

「折原先生が急に辞められるのは、この前の電話が原因ですか?」

救急科のチーフである黒田庄司(くろだしょうじ)の娘である姫香(ひめか)のアナフィラキシー事件が解決した際、藍の元に電話がかかってきていた。その電話を取っていた藍は、今のように苦しそうな顔をしていたことを桜士は思い出していた。

暗い顔をしていた藍の口角が少し上がる。暗い目に、涙が薄っすらと浮かんでいた。

「……そうですね、原因と言えば原因です」

私、結婚するんですよ。

そう言った後、藍は桜士に背中を向けて歩いていく。だが、その表情は、その背中は、結婚をする幸せな女性には見えない。結婚をしたことのない桜士にもそれはわかる。

だが、桜士はもう藍を引き止めることはできなかった。