「羽生ちゃん、緊急事態です!」
 私、倉下初(くらげうい)は普通科に通う戸亀羽生(とがめわう)ちゃんに相談しています。なぜ緊急事態なのか、それは羽生ちゃんが貸してくれたとある少女マンガから始まったのです。

〜一週間前〜
 昼休みに羽生ちゃんと一緒にお話をしていました。そんなとき、
「初ちゃん、少女マンガ読んだことある?」
「な、なんで急に?!あ、ありませんけど…」
恋バナをしていたら羽生ちゃんにそう言われました。
「そもそも、マンガを読んだことがありません」
「初ちゃん、恋愛の知識は少女マンガで学ぶの!オススメのマンガ、貸してあげるから読んでみてね♪」
 
 そう言われて羽生ちゃんから借りた少女マンガを読んでみました。すると、とあるシーンが目に止まりました。
【ごめん、オレ。ヤキモチ焼いてた。】
 や、ヤキモチ?!こ、これです!このセリフ、私もキュンキュンしました!このセリフ、紺くんに言わせたい!

「ということです」
「な、なるほど?」
 羽生ちゃんは少し困ってしまいました。
「それで、紺くんにドキドキ♡ヤキモチ作戦を仕掛けることにします!その作戦に羽生ちゃんも手伝ってほしいのです!」
「いいけど、どんなことをしてヤキモチをさせるの?」
 か、考えてませんでした!確かあのシーンでは彼氏さんと違う男性とお買い物してたらヤキモチを彼氏さんが焼いていた…これです!
「次の日曜日に男性と私でお買い物をします!それをわざと紺くんに見せつけます、そうしたら、ヤキモチを焼いてくれませんか?」
「いいアイデアだと思うよ、初ちゃん!でも、誰と行くの?」
「羽生ちゃんには申し訳ないのですが…」


 ついに、日曜日になりました!ドキドキ♡ヤキモチ作戦を決行する日です。
「初、どこか行くの?」
「こ、紺くん!ちょっとお買い物してきます。夕方には帰ってきます」
 それでは、行ってきます、と言おうとしたとき、紺くんが近づいてきて…
「いってらっしゃい、気をつけてね」
 い、いってらっしゃいのキス?!いつもはそんなことしないのに、今日に限ってはドキドキです。はっ!そろそろ行かないと待ち合わせに間に合いません!

「倉下、待った?」
「いいえ!今来たとこです。行きましょうか」
 今日一緒に作戦を仕掛けてくれる岩清水くんと一緒にお買い物に行きます。本当はとても気まずいです。なぜあのとき私は、羽生ちゃんの彼氏さんである岩清水くんにお願いしたのでしょうか…

 一方、七海学園の寮では…
「どうした?戸亀、初は買い物に出かけたよ」
 私、羽生は初ちゃんの彼氏さんの鮫上くんをお誘いしています。
 なぜかというと、
『羽生ちゃんは、私達が出かけたら紺くんを誘ってください!なんか二人で変なことをしていると!』
 可愛い初ちゃんのお願いだもん、私も頑張らなきゃっ!
「初ちゃんと岩清水くんが二人で出かける約束をしてたのを聞いちゃって、その…」
「へえ〜初、俺のいないとこでそんなことを…どこに行くかわかる?」
 笑いながら喋る鮫上くんを見上げる。全然目が笑ってない、怖い。
「え、ええっと…」

「これとかどうでしょうか?似合いますか?」
「十分似合っているよ、倉下」
 そんな恋人みたいな会話を戸亀と一緒に見る。なんで岩清水とだよ?イライラするんですけど。
「戸亀、大丈夫?辛そうだよ」
「えっ?」
 少し目が潤んでいる十亀に話しかける。ちょっとこっちもヤバそうだな。
「わ、私は大丈夫!」
いかにも大丈夫に見えない十亀にとりあえずうなずく。
「あ、初ちゃんたち、カフェに行ったよ!私達も追いかけよ!」
 俺は黙ってそのまま十亀についていった。


「むう、なんか分かっているのに私もつらくなりそうです…」
 私は少しモヤモヤしています。今頃、羽生ちゃんはこのカフェにいる、しかも、紺くんを連れて…!
 私がお願いしたのに、私がこんな気持ちになっちゃだめなのに…
「倉下!こ、こぼすぞ!」
「へ…?あ、すみません。少しぼーっとしてしまって」
 危うく飲み物をこぼしそうになりました。私の手首を岩清水くんが掴んでいます。どうしたらいいのか分からなくなり、うつむきました。
 すると、私の手を岩清水くんではない誰かが掴んでいます。見上げると…
「こ、紺くん?!なぜここに!」
紺くんが私の手を掴み、岩清水くんに真っ黒い笑顔を浮かべています。こ、怖いです!
「初、行こ」
「え、ど、どこに!?」
 
 そのまま、連れて行かれた先はカラオケ屋さんの個室でした。紺くんはため息をつき、手で顔を隠しています。
「紺くん?だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫に見える?」
ぶっきらぼうに紺くんが言いました。お、怒っています!
「ご、ごめんなさい!これには事情がありまして…」
「イヤ、聞きたくない。」
紺くんのお怒りメーターが上昇しています!ど、どうすれば…
「こ、紺くん」
「初が悪いことはないのに、なんでかな」
 え?
「きっと、俺のためにプレゼントとか選んでくれたんだろうけど、やっぱ、他の男と行くとどうしても…」
こ、これはもしや!
「紺くん、もしかして、

ヤキモチ

焼いてますか?」
「悪い?俺が焼いて」
さ、作戦は成功でした!でも、紺くんのお怒りがまだ沈んでません。
「あの、紺くんはどうすればお怒りを沈めてくれますか?」
「そうだね、初からキスしてよ」
わ、わたしから?!キ、キキキキキスを?!
「くっくく…」
紺くん、笑っています…!でも、紺くんがそういうなら…
「ちゃんと目をつぶってくださいよ?」
「はいはい」
 私からしたキスは甘い味がしました。

「岩清水くん…」
見るのが耐えられなくて、思わず抱きしめちゃった…
「ちょ、ここ、みんないるから場所、移動するよ」

 移動した先はカラオケの個室だった。
「こんなに傷つくなら、協力しなきゃ良かった…」
泣きながら岩清水くんに抱きつく。ごめんね、初ちゃん…
「十亀、こっち見て」
「イヤ…」
「こっち見ろって!」
「イヤ!」
 こんなにぐちゃぐちゃな顔、見せたくないっ。すると、耳元からため息が聞こえた。やっぱり怒ってるよね、そう思って顔を上げたとき…
ちゅっ
耳元に届いた音と口元の熱でどんな状況なのか分かった。
「なんでキスしたの…」
「俺だってヤキモチ焼いてる…倉下のためにやっているとは知っても、どうしてもモヤモヤしてしまうんだよ!」
 思っても見なかったその言葉に私は笑ってしまう。
「何だよ、わるいか?!」
「ふふっ、お顔が真っ赤な岩清水くんが
、可愛い」

 色々あったけれど、ドキドキ♡ヤキモチ作戦は、大成功(?)に終わりました。

〜後日、このネタバラシを紺くんに伝えたら〜
「いっつも初にはドキドキされてるし、ヤキモチもいっつも焼いてるよ?」
「そ、そうだったんですね…そうだとは知らずにすみませんでした…」
「でもまあ、初からのキスはもらったし結果オーライだね」
「?!」
 この作戦のお陰で紺くんの弱点が分かった気がしていたのに、思わずドキドキを隠せないでいる、赤面してしまった私でした。