10分程で学校に戻ることができた。

再び校門を抜け、下駄箱を通過した。

生徒会室の前までたどり着き、扉を開けた。

『失礼します…。』

先程と同様に、部屋の中にはカンザキくんしかいなかった。

彼はまだ湯気が出てるを湯呑みを左手に持ち、書類に何かを書き込んでいた。

私が扉を閉めると、カンザキくんは生徒会長専用の席から立ち上がった。

『何かあったか…?』

『はい。分かるでしょう?』

『…そうだな、聞かせてくれ。』

一瞬だけ表情を固くしたカンザキくんは、夕日が差し込む窓の方へ振り返り、私に背を向けた。

顔は見えなくなってしまったけど、緊張感がこの部屋に漂っていることは感じられた。

ゆっくりと息を吸ってから、話すことにした。

『…会長のこと、ちゃんと考えるまでもありませんでした。だって、いつも考えてたから。』

『…。』

『そう、会長ってめちゃくちゃだなって!いっつも校則違反とか言って変なことしてくるし。なんか、10分間目隠しされたことあった!その間にデコピンされたんですよ!ほんと、ひどいですよね?最近だと、椅子を没収されたのとか意味分からなかったです。』

『…。』

私が何を言っても、カンザキくんは声を出さない。

ずっと窓の外を見つめたまま話を聞いている。

今、彼がどんな表情をしているのか、私がいる扉の前からは見えない。

『でもね、会長が優しいのも知ってます。時々、会長が行ってきた旅行のお土産を生徒会に持ってきてくれますよね?』

『…。』

『みんなの分とは別に、私だけのお土産を後からこっそりくれるのとか、なんていうか、そういうの嬉しかったです。』


『…。』

『あ、定期テストの前に絶対一回は、私の勉強見てくれるのもありがたいです。でも、問題を間違えたら耳たぶを噛まれるのは意味分からないです。痛みはありませんけど。』

『…。』

『…私が風邪で休んだ日あったでしょう?その日の授業のノート、全部用意してくれましたよね。会長ってクラス違うのに、わざわざウチのクラスまで来て、用意してくれた。』

『…。』

『会長の行動は、私のことを想ってくれた結果のものでした。完璧なはずの会長が、私なんかの為に右往左往してて、意外と完璧じゃないんだなって。』

『…。』

『でもね、そう思うと嬉しいんです。だからね。会長。だからね…。』

微動だにしなかったカンザキくんは微かに震えたような気がした。

もう一度、大きく息を吸ってから吐いた。

そして、一番伝えたい言葉を彼にぶつけた。

『ずっと自分の気持ちを否定してきました。でも、今なら言える。わたしも好きだよ、カンザキくん!』

『…良いのか?イエスなのか?付き合っているんで良いのか?この国は契約主義だ。本当に良いのか?』

大きく目を開いたカンザキくんはそう言って、勢いよく私の方へ駆け寄って来た。

口調は変わらないけど、嬉しそうにしてくれているのは伝わってくる。

それが私も嬉しいから、はっきりと答えた。

『そうです。私達は付き合ってます!』

『ハヤト君のことは…。大丈夫なんだろうか?』

『ハヤトくんが大切な友達なのはこの先も変わりません。彼とは今後も良好な関係が続きます。』

『そうか。それなら良かった。彼には私も感謝している。疎遠になっていないのなら、良かった。だが、あんまり仲良くし過ぎないでくれ。あくまで友達の範囲までだ。』

『分かってますよ!』

私の言葉を聞いたカンザキくんは安堵の表情を浮かべた。

普段はポーカーフェイスのカンザキくんだけど、今日の感情は分かりやすい。

私が素直になったから、彼も素直になれたのかな?

人付き合いのコツって、素直になれるかどうかだったりするのかもしれない。

『会長こそ、ちゃんと校則守ってくださいよ?その1のやつ!』

『校則その1。いかなる時もコトノだけを愛す。問題ない。この校則だけは守るものではない。決して破られることがないからだ。』

『口には出さなくていいです…!』

カンザキくんは自分のペースを取り戻したようだ。

でも、いつもよりも明るいのは気のせいじゃない。

この幸せな時間を噛み締めていたいけど、同時に少しだけ恐怖も湧いてきている。

成績、顔、共に校内No.1と言われている生徒会長と付き合っているなんて知られたら、他の女子生徒達から何をされるか分からない。

周りの友達からの冷やかしくらいなら、笑って流せそうだけど。

できる限り内緒にしようと決心した。

とはいえ、カンザキくんの振る舞いを考えると、周りにバレるのは時間の問題ではあるような気がする。

今後のことについて考えていると、カンザキくんが至近距離まで近づいてきた。

私の肩に手を添え、強く言い放った。

『罰ではない。私が恋人としてしたいと思う。』

『えっ、急に…?』

カンザキくんが何をするつもりなのかは分かっている。

2回目のやつだ。

でも、もう本日のキャパシティは限界を迎えている。

これ以上の刺激には耐えられそうもない。

とはいえ、カンザキくんが逃してくれるとは思えない。

だけど、追いかけてくれるって信じているから、逃げ出してみたいような気もする。

あれこれと考えていた私は、無意識のうちに上を向いていた。

カンザキくんの強い力に引かれてしまった。

『では…。』

『…!』

気がつくと、激しさの中に潜む優しい甘さが、口の中いっぱいに広がっていた。